第9話 魔界の裏口
「ふうん、寺前さんゆうたら、紅梅堂のお嬢はん違いますか」
その日の夕食時、綴が初めて出来た友だちの話を出した時、祖母の硯が反応した。
「紅梅堂って?」
「京都の伝統工芸品を扱うたはる古いお店どす。壬生の方にお店、構えてはんのと違うかな」
へぇ。それでお弁当箱は漆器みたいだったのか。あれ、きっと高級品なんだ。
「お嬢はん、しっかりしたはってな、子どもの頃からお店にも出てはったえ。かいらし子やったさかい、ちっさい看板娘やなぁ言われたはったなぁ」
なるほど、しっかりしてるのは昔からなんだ。可愛かっただろうな。綴の頬も緩んだ。
「でも他の二人は大阪と富山の子だから、全然タイプが違うの。大阪の子はザ・ナニワって感じだし、富山の子は派手じゃないけどしっかりまとめるし、何だか面白いよ」
聞いていた母の美筆が関西イントネーションの標準語で、
「大阪の子は騒がしいけど、それはそれで助かる事も多いからねぇ。日本人の中で世界と一番対等勝負出来るのは大阪のおばちゃんだって言うから」
「あーわかるわかる。その子、優芽って言うんだけど、優芽もそう言ってた。日本と世界の潤滑油だって」
硯がぼぞっと、
「上手いこと言わはるなあ」
え? それってあの、逆の意味ってヤツかな? しかし母も笑っている。
「天然やねえ、街中がお笑い養成所やから」
なんだ、これは本音なのか。うーん、おばあちゃんの意図が言葉で判らないってどうしたらいいんだ…。
「ほんで綴はん」
へいっ! 不意を突かれて綴の背筋が伸びた。
「寺前さんのとこ見なろうて、綴はんも店番しよし」
店番? 文房具屋さんの?
「で、出来るかな? あたし、それ程文房具に詳しくないし」
「そんなんよろし。欲しい言わはるもんを差し上げたらええんやさかい。お釣りもな、この頃のレジは一人で計算して出してくれるよってにな。算盤弾かんでもよろしねん。お客さんは常連さんばっかりやさかい、そないに変わった人はきぃひん。たまにほれ、外国の人がようわからんと入って来やはるけどな、じーっと見てたら出て行かはるわ」
ははは。硯は楽し気に笑った。おばあちゃん、それお客さんを逃してるんじゃないの?
結局、綴は百花苑の店番を務めることにした。バイト代も出してくれるらしいので、バイトもしてみたいと思っていた綴には、自宅でバイトなんて好都合にも見えた。しかし、そこが魔界の裏口だとは思っても見なかった。




