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あなたのためです〜自由は、失って初めてわかる〜  作者: カトーSOS


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第16話 確認

挿絵(By みてみん)



第16話

確認


 面談が終わったあと。


 山口と佐藤は、

 施設の相談室へ通されていた。


 白いテーブル。


 紙コップのお茶。


 壁には、

 「事故ゼロ月間」の張り紙。


 窓の外では、

 午後の日差しが少し傾き始めていた。


 向かいには、

 中村主任が座っている。


 表情は落ち着いていた。


 慌ててもいない。


 怒ってもいない。


 むしろ、

 少し疲れて見えた。


「本日はお忙しい中、

 ありがとうございます」


 中村が頭を下げる。


 山口も軽く会釈する。


「こちらこそ、

 ご対応ありがとうございます」


 佐藤は資料を開いた。


「西山幸子さんについて、

 少し確認させてください」


「はい」


 中村は頷く。


「西山さんは、

 現在どういった状態だと認識されていますか?」


 中村は、

 少し言葉を選んだ。


「帰宅願望が強い利用者様です」


「帰宅願望」


「はい」


「骨折後に入所されてから、

 何度か帰宅希望を訴えられています」


「認知機能については?」


 山口が聞く。


「大きな認知症症状がある、

 というほどではありません」


「ただ、

 年齢相応の物忘れや、

 感情の不安定さはあります」


「不安定」


「はい」


「以前、

 興奮状態になられて」


「器具を壁へ投げられたことがあります」


 佐藤がメモを取る。


「その時、

 身体拘束を?」


「はい」


 中村は、

 視線を逸らさず答えた。


「夜間のみです」


「転倒防止、

 および興奮状態の安全確保として」


「記録はありますか?」


「ございます」


 中村は、

 ファイルを取り出した。


 山口と佐藤が確認する。


 身体拘束記録。


 理由。


 時間。


 解除時刻。


 署名。


 形式としては、

 整っていた。


 佐藤が読む。


「切迫性、

 非代替性、

 一時性……」


「はい」


 中村が頷く。


「施設としても、

 身体拘束は極力避けています」


「ですが、

 転倒事故は命に関わりますので」


 山口は、

 静かに資料を閉じた。


「スマホについて伺っても?」


「はい」


「現在、

 西山さんのスマホは?」


「事務所保管です」


「ご本人へ返却されていない理由は?」


「紛失防止です」


「あと、

 ネット通販等のトラブルもあります」


「ご家族の意向もあります」


「ご家族の意向」


「はい。

 転倒後、

 判断能力を心配されていましたので」


 山口は、

 少し間を置いて聞く。


「ご本人は、

 返却を希望されていますよね」


「はい」


「ただ、

 施設としては安全面を優先しています」


 中村の声に、

 悪意はなかった。


 本当に、

 そう思っている声だった。


「外出制限については?」


 佐藤が聞く。


「お一人での外出は禁止です」


「転倒リスクがありますので」


「玄関は施錠されていますか?」


「はい」


「認知症利用者様の徘徊防止もあります」


「西山さん個人への対応ではありません」


 全部、

 理屈は通っていた。


 全部、

 もっともだった。


 だから、

 山口は逆に苦しくなる。


 ここには、

 明確な暴力がない。


 怒鳴り声もない。


 職員も真面目だ。


 食事も出る。


 掃除もされている。


 レクリエーションもある。


 だが。


 西山幸子は、

 ここで、

 自分の人生を選べなくなっている。


 その事実もまた、

 確かだった。


「ご家族とは、

 どういう話になっていますか?」


 山口が聞いた。


 中村は答える。


「ご長男様は、

 継続入所を希望されています」


「一人暮らしは危険だと」


「転倒を非常に心配されています」


 山口は頷いた。


「ありがとうございます」


 中村は、

 少し迷うような顔をしたあと、

 静かに言った。


「山口さん」


「はい」


「西山さんは、

 悪い方ではないんです」


「ただ……」


 中村は、

 小さく息を吐く。


「現場としては、

 事故を出せないんです」


 その声は、

 言い訳ではなかった。


 疲弊だった。


 責任だった。


 山口は、

 その言葉を黙って聞いた。


────────────────


 施設を出たあと。


 山口と佐藤は、

 駐車場の脇で立ち止まっていた。


 夕方の風が少し冷たい。


 佐藤が言う。


「どう見ます?」


 山口は、

 すぐには答えなかった。


「施設側の説明自体は、

 そこまで不自然じゃありません」


「身体拘束記録もあります」


「家族意向もある」


「転倒リスクも現実です」


 佐藤は頷く。


「ですよね」


「典型的な、

 帰宅願望ケースにも見えます」


 山口は、

 少し空を見た。


 桜が、

 だいぶ散っている。


「でも」


 山口が言う。


「西山さん、

 冷静でした」


「はい」


「時系列も整理できていました」


「住所、

 日付、

 食事内容も正確でしたね」


「それだけじゃない」


 山口は静かに言う。


「施設や家族を、

 一方的に悪者にしていませんでした」


 佐藤は黙る。


「普通、

 本当に被害妄想が強いケースだと、

 もっと感情的になります」


「全部奪われた、

 全部敵だ、

 って」


「でも西山さんは違った」


「息子さんを、

 悪人じゃないって言ってましたね」


「はい」


 山口は、

 小さく頷く。


「そこが逆に、

 リアルでした」


────────────────


 翌日。


 山口は、

 西山浩介へ電話をかけた。


「名古屋市高齢福祉課の山口と申します」


『はい』


「お母様、

 西山幸子さんについて、

 少しお話を伺いたく」


 電話の向こうで、

 少し沈黙があった。


『……母が何か?』


「現在、

 施設で生活されていますよね」


『はい』


「ご本人は、

 退所希望を話されています」


 長い沈黙。


 それから、

 浩介は疲れた声で言った。


『……そうですか』


「現在の状況について、

 ご家族としてどうお考えか、

 確認したく」


 浩介は、

 ゆっくり話し始めた。


『母は、

 骨折したんです』


『一人暮らしで』


『もし次に転んだら、

 命に関わると思いました』


『妻も、

 本当に限界だったんです』


『仕事しながら、

 母のことも見て』


『夜に電話が来ることもありました』


『病院も付き添って』


『施設へ入ってから、

 やっと落ち着いたんです』


 山口は黙って聞く。


『母を捨てたいわけじゃないんです』


『でも、

 家では無理なんです』


「ショートステイ、

 という説明だったそうですね」


 電話の向こうで、

 浩介が黙る。


『……最初は、

 そのつもりでした』


「途中で?」


『現実的に、

 難しいと思いました』


『また転んだらどうするんですか』


『誰が責任取るんですか』


 その言葉には、

 怒りではなく、

 疲れが滲んでいた。


 山口は、

 静かに言った。


「お母様は、

 ご自身で選べないことが苦しい、

 と話されていました」


 浩介は、

 しばらく何も言わなかった。


 そして、

 小さな声で言った。


『……そうですか』


 その声は、

 どこか、

 途方に暮れているようだった。

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