エピソード1-7
「そんなもんばっか吸ってたら、背が伸びねぇぞ」
その一言に、美桜の表情が一変する。
「もう、うるさい!」
勢いよく言い返したのには、理由があった。
美桜にはひとつのコンプレックスがある。それは、身長。
彼女の身長は百五十三センチ。密かに気にしている彼女にとって、その話題は軽く触れてほしくない部分だった。
ムキになる自分を見て、爆笑する蓮。
美桜は思わず眉をひそめた。
普通なら、こんなふうに笑われたら嫌なはず。
けれど今だけは、なぜかその笑いが心地よく感じられた。
蓮が笑っているのは、彼女の身長ではなく――その素直な反応そのものだと、美桜には分かっていた。
蓮があまりにも楽しそうに笑うものだから、美桜もつられて笑い出してしまった。
目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、美桜はふと思う。
(……こんなふうに笑うの、いつぶりだろう? いや、人前で声を出して笑った記憶なんて、そもそもあるかな……)
そんなことを考えていると、蓮がさらりと言った。
「お前、笑ってた方が可愛いぞ」
その一言に、美桜の頬がかっと熱を持った。
自分の反応に戸惑い、どうしていいか分からないまま、美桜はただ蓮を見つめていた。
「帰りは施設の近くまで送ろうか?」
「ううん、電車で帰るから大丈夫」
そう答えると、蓮は「そうか」と短く返し、どこか安心したように笑った。
(……しまった)
美桜は心の中で後悔していた。
いつもの場所で、始発が動くまで時間を潰すつもりだったのに――『電車で帰る』なんて言ってしまった。
蓮がそれをどう受け取ったかは明白だった。きっと、今夜の最終電車で帰ると思われたに違いない。
つまり、この食事が終わったら、実際に施設へ戻らなければいけなくなる。
(なんとかしないと……)
美桜の頭は必死に回転し始める。最終電車の時間に間に合ううちに、一度帰ったふりをしてまた戻れないか――そんな計算を巡らせる。だが、時計の針はそれすら許さない時間を指していた。
考え込む美桜の耳に、蓮の声が響く。
「じゃあ、駅まで送っていく」
(……やっぱり)
胸の内にじわりと絶望感が広がった。それと同時に、この申し出は断らなければならないと美桜は感じる。
けれど、蓮の真っ直ぐな視線が、彼女の冷静さをさらっていく。
(……だめだ、帰らないための言い訳が浮かばない)
思わず、ため息がこぼれた。
いつもならこういう時、もっと上手く立ち回れるはずなのに――今日はそれができなかった。
結局、美桜の口から出たのは、短い一言だけだった。
「……うん」
蓮はその答えを受けて立ち上がり、テーブルに置かれた伝票を手に取る。
「そろそろ出ないと、最終に乗り遅れるな」
「……そうだね」
(……乗り遅れた方が、私には都合がいいんだけど)
そんな本音を胸の奥に押し込めながら、美桜も渋々と席を立った。
レジの前で蓮が財布を取り出すのを見て、美桜も慌てて自分の財布を手に取る。
その動きに気づいた蓮が、くすりと笑った。
「変な気を遣ってんじゃねぇよ」
そう言って、美桜の分まで支払いを済ませた。
「ごちそうさまでした」
店を出た美桜は、深々と頭を下げた。
「おう」
蓮は軽く応えると、美桜に手を差し出す。
「……えっ?」
その手を見つめて、美桜は不思議そうに首を傾げた。




