エピソード1-6
「ちゃんと食えよ。だからそんなに細ぇんだよ」
「……はい」
どこか叱られているような気がして、美桜は視線を自分の膝に落とした。
その視線の先で、ある記憶がふと浮かび上がる。
「……ねぇ、蓮さんって有名人なの?」
とつぜんの質問に、蓮は目を丸くし、首を傾げた。
「あ? なんで?」
「だって、歩いているとみんなが蓮さんに頭を下げたり挨拶したりしてたから……」
美桜は、ゲームセンターからファミレスに向かう途中の光景を思い出していた。
わずか十分ほどの距離の間に、蓮へ挨拶をしてくる人が何人もいた。ナンパ男やキャッチの男たちも、彼の名前を知っていた。それがどうにも不思議だった。
「別に有名人なんかじゃねぇよ。俺がこの辺、よくウロウロしてるからじゃねぇか?」
蓮は笑って答えた。その表情はどこか飄々としていた。
「それより、お前はいつもあんな時間まで、あそこにいるのか?」
「うん、まぁ……」
美桜は少し言葉を濁しつつ、頷いた。
「どうして、あそこにいるんだ? 家に帰りたくねぇのか?」
蓮の問いに、美桜は一瞬だけ迷ったように沈黙した。だが、意を決したように口を開く。
「……っていうか、私、施設にいるから家はないの」
その言葉に、蓮の表情が変わった。わずかに動揺が滲む。
「……施設?」
「うん。親がいないって言ったでしょ? 小学校に入るちょっと前に、親に捨てられて。それから、ずっと施設で生活してる」
美桜はあくまで平然とした口調で語った。だが、その言葉の奥にある重みを、蓮は感じ取っていた。
「……そうか、悪かった」
申し訳なさそうに呟く蓮に、美桜は小さく微笑む。
「どうして謝るの?」
「そういう話って、あんまり人にしたくねぇもんだろ」
気遣うような蓮の言葉に、美桜は困ったような顔をしながら、軽く首を振った。
「……まぁ、自分からベラベラ話すことじゃないとは思うけど、聞かれたら別にいいよ。だって、ほんとうのことだし」
「……そうか」
そのとき、蓮の瞳に一瞬だけ悲しげな感情が浮かぶのを、美桜は見た気がした。けれど、それはあまりに短い瞬間で、気のせいだと自分に言い聞かせる。
ちょうどそのとき、店員が料理を運んできた。
「おいしそう」
美桜は目を輝かせ、目の前に置かれた料理を見つめる。その様子に、蓮はいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「たくさん食えよ。成長期なんだから」
「もう、ガキ扱いしないで!」
美桜は拗ねたように口を尖らせたが、蓮の楽しそうな笑顔につられて、つい笑ってしまった。
二人は他愛もない会話を交わしながら、しばらく食事を楽しんだ。
満腹感に包まれた美桜は、無意識にバッグから小箱を取り出し、火を点ける。
「……ったく、お前は人の話を聞いてねぇな?」
蓮が呆れたように言う。
「……話?」
美桜が首を傾げると、蓮は彼女の手元を指差した。
「それだよ」
(……そういえば、さっき中学生はダメって言われたんだった)
蓮の言葉に気づいた美桜は焦る。
(また取り上げられるかもしれない。しかも、説教つきで)
なんとかそれを回避しようと、美桜は頭を巡らせた。
そして――にっこりと笑う。
(とりあえず、笑って誤魔化してみよう)
だが、その作戦はあっけなく崩れ去った。
「笑って誤魔化してんじゃねぇよ」
蓮の低い声が、静かに刺さる。
(……失敗した……)
美桜は心の中で呟き、気まずそうに視線を逸らす。




