エピソード1-5
蓮が立ち上がると、美桜もゆっくりと続いた。それを確認した蓮は歩き出し、美桜はバッグに缶をしまいながら、彼の背中を追いかけた。
多くの人が行き交う繁華街のメインストリート。蓮の背中を数歩先に見つめながら、美桜は黙々と歩いていた。
『ねぇ、君、可愛いね。ウチの店で働かない?』
スーツ姿の男が声をかけてきたが、美桜はまるで聞こえなかったかのように足早に通り過ぎようとする。
だが、男は美桜の手首を掴み、行く手を阻んだ。その瞬間、彼女の顔にうっすらと疲れの色が浮かぶ。
(――またか)
うんざりした気持ちで足を止めたそのとき、不意に低く冷たい声が響いた。
「……その子、俺のツレなんだけど」
蓮が不快そうに眉をひそめて言うと、スーツ姿の男は驚き、慌てて美桜の手を放した。
『れ……蓮さんの知り合いの方でしたか……すみません……失礼しました』
男は深々と頭を下げ、そそくさとその場を立ち去った。
その背中を、蓮は相変わらず不機嫌そうな顔で見送っていたが、ふと口を開く。
「……お前、マジでよく声かけられるな」
「……そうですね……」
美桜は気まずそうに肩をすくめた。その仕草は申し訳なさそうでありながらも、どこか慣れているようにも見える。
蓮はそんな美桜の表情に目を留めたあと、何も言わずに彼女の手を取った。そして、そのまま繋いだ手を離さずに歩き出す。
美桜は驚いた。
繋がれた手から伝わる温もりが、胸の奥に小さな波紋を広げていく。
――その感覚が、彼女の心を静かに高鳴らせていた。
◇◇◇◇◇
二人はファミレスに入った。
店員の案内で、窓際の席に向かい合って座る。店内には冷房がしっかりと効いており、外の蒸し暑さを忘れさせるような涼しさが心地よかった。
蓮はテーブルに置かれたメニューを手に取り、それを美桜に差し出す。
「好きなものを選んだらいい」
その言葉に、美桜は静かに頷き、メニューをじっくりと眺め始める。
真剣な表情でページをめくる姿に、蓮は微かに笑みを浮かべながらその様子を見守っていた。
「……やっぱり、パスタがいいかな」
美桜は小さく呟き、カルボナーラに決めようとする。
だが次の瞬間、視線はキノコの和風パスタの写真に留まり、また迷い始めた。写真に添えられた湯気が、美味しさを語るように立ちのぼっていた。
蓮はそんな美桜を、まるで迷路を彷徨う子どもを見守るように楽しげに眺めていた。
やがて、美桜は意を決したようにメニューを閉じた。
「決まったか?」
蓮の問いに、美桜は小さく頷く。
「うん、カルボナーラにする」
蓮はテーブルの端にあるボタンを押して店員を呼び、手際よく注文を済ませた。
店員が去ると、蓮はポケットから小箱を取り出し、何かに火を点ける。その仕草を、美桜はぼんやりと眺めていた。
「てか、お前はきちんと飯を食ってんのか?」
突然の問いかけに、美桜はハッとして顔を上げる。
「へっ?」
蓮の言葉を聞き逃していた反応が可笑しかったのか、彼は肩を揺らして笑いを堪えていた。
「『飯をきちんと食ってんのか?』って、聞いたんだよ」
「……まぁ……ボチボチ……」
美桜は気まずそうに答える。




