エピソード6-7
焦った様子で口元を手で押さえた。
「どうした?」
異変に気づいた蓮が、静かに問いかける。
「……また、間違った……」
「……ぶっ!」
ケンが飲んでいたビールを、思いきり吹き出した。しかも、美桜の方へ向かって。
ビールの飛沫を浴びた美桜は、あまりの衝撃に固まってしまう。
すぐさま蓮は自分のおしぼりをケンに投げつけ、美桜のおしぼりで、彼女の顔や髪を丁寧に拭き始めた。
顔面に直撃したおしぼりにもめげず、ケンはビールまみれの美桜を見て腹を抱えて笑っている。
その無邪気な姿に、美桜もつられて笑い、ついには蓮も小さく笑った。
個室には三人の笑い声が心地よく響き渡る。
笑いの余韻に包まれながら、美桜はふと心の中で考えていた。
(さっき怒鳴っていたケンさんと、今こうして笑っているケンさんが同一人物だなんて、信じられない……)
(蓮さんも、こうして笑っていると、とても極道の人には見えない)
彼らはまるで、ファッション誌から抜け出してきたような洗練された雰囲気を持っていた。
だけど、ただのお洒落な人ではない。
そこにあるのは、圧倒的な――違和感。
人を寄せつけない威圧感。鋭く研ぎ澄まされた眼差し。
今は柔らかく笑っている彼らも、数十分前には確かにそれをまとっていた。
(……このギャップに、戸惑う)
そう思った矢先、突然、無機質な電子音が部屋に響いた。
テーブルの上のスマホに、蓮が静かに手を伸ばす。
その仕草を見ていたケンの顔から、先ほどまでの笑みが消えていた。
蓮は画面を一瞥し、慣れた手つきで操作をすると、スマホを耳に当てる。
「……」
無言のまま耳を傾ける蓮。スマホ越しに「お疲れ様です」という男の声がかすかに漏れ聞こえた。
それに返事をすることなく、蓮は立ち上がる。
美桜の頭を軽く撫でると、そのまま無言で部屋を出ていった。
蓮の行動に、ケンはとくに動じた様子も見せず、肉を焼きながらビールを飲んでいる。
その時、美桜のバッグからも電子音が響いた。
さっき買ってもらったばかりの淡いピンクのスマホ。
取り出して画面を確認すると、「ご購入ありがとうございます」とケイタイショップからのメッセージが届いていた。
「美桜ちん、そのスマホって……」
ケンがスマホを指さしながら言う。
「……うん?」
「その色、選んだのって美桜ちん? それとも蓮?」
ケンはテーブルのタバコを手に取りながら尋ねた。
「えっ? 蓮さんだけど……」
「やっぱり」
ケンは意味深な笑みを浮かべた。
「……?」
美桜は小さく首をかしげる。
ケンはタバコに火を点け、煙をゆっくりと吐き出すと、座椅子に深くもたれた。
「実はさ、俺、美桜ちんのこと……前から知ってたんだ」
「えっ?」
突然の言葉に、美桜は目を見開く。
(前から知ってた……? どういうこと……?)
戸惑う美桜に、ケンはやわらかく微笑んだ。
「聞きたい?」
「うん」
頷いた美桜に、ケンは続けた。
「じゃあさっき、ビールをかけたお詫びってことで話すよ。たぶん去年の春くらいかな。『いつも決まった時間に、蓮が繁華街にいる』って、仲間内でちょっとした噂になってたんだよ。蓮がその辺にいるのは珍しくないんだけど……『どうも女が関係してるらしい』って聞いて、正直びっくりしたんだ」
「……女?」
「そう。蓮ってさ、昔からめちゃくちゃモテるけど、決まった彼女って作ったことがないんだ」
ケンは一度口を閉じ、どこか困ったような顔をする。
(……たぶん、ケンさんは話しにくいことを、私にどう伝えるか悩んでるんだ……)
美桜はそう察しつつも、蓮のことをもっと知りたいという気持ちが言葉を押し出した。




