エピソード6-5
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繁華街のメインストリートを外れた小路に佇む一軒の焼肉屋。重厚な木の扉と格子の意匠が、そこが高級店であることを静かに物語っている。
そんな敷居の高さを物ともせずに足を踏み入れる蓮とケン。その姿から、ここが常連の場所であることは一目でわかった。
店内に入ると、案内も待たずに二人は奥へと進み、迷いなく最奥の個室へと向かう。
襖の向こうは広々とした和室。三人には持て余すほどの空間に、蓮は自然な所作で美桜を奥に座らせ、自身もその隣に腰を下ろした。向かいには、すでにケンが座っている。
『いらっしゃいませ』
タイミングを計ったように店員が現れ、おしぼりとメニューを差し出す。
「いつものを三人分で」
ケンはメニューに目もくれず、慣れた調子で注文した。
『はい、かしこまりました』
短い返事を残し、店員は静かに部屋を後にする。
(……ケンさんも常連なんだ)
そう思いながら、美桜は隣に座る蓮に小さく尋ねた。
「蓮さんも、焼肉が好きなの?」
ちょうどタバコに火をつけかけていた蓮が、ちらりと美桜に目を向ける。
「ん?」
「……このお店、慣れてるみたいだったから」
「ああ。まあな。けど、こいつほどじゃない」
蓮は顎でケンを指す。
その視線を追って、美桜がケンを見ると、彼は笑顔のまま灰皿を差し出しながら答えた。
「俺、週に三回は焼肉の日!」
あまりにも満面の笑顔に、美桜は驚き、受け取った灰皿を落としそうになった。
「週三⁉」
「食いすぎだよな」
蓮が呆れたように、肩をすくめて笑った。
「俺、この世で焼肉がいちばん好きなんだ。一日三食焼肉でもいいし、できれば毎日食べたい。死ぬ瞬間だって、焼肉を頬張りながら逝きたいくらいだ!」
「……」
その真剣な目と力説する口調に、美桜は言葉を失った。さっきの怒号とは別の意味で、彼の情熱は恐ろしい。
タバコを手にしたまま、火を点けることさえ忘れてしまう。美桜は隣にいる蓮の腕を、ついぎゅっと掴んでいた。
「そんなことばかり言ってると、葵に殴られるぞ」
蓮がぽつりと漏らした瞬間、ケンの動きがピタリと止まる。
「ああ、そうだな……今の話、葵にも伝えてやるか」
にやりと笑う蓮の一言に、ケンは青ざめ、目を泳がせながら必死に弁解を始めた。
「ち、違うんだって! 世界でいちばん好きなのは葵! で、焼肉はその次っ! ……ははは……」
強引な言い訳に、美桜は思わず同情する。
(……ケンさんの弱点は〝葵さん〟なんだ)
「だよな? 間違うなよ」
蓮は満足げに頷き、まるで遊んでいるかのような口調でからかう。
クーラーが効きすぎて寒いくらいの室内で、ケンの額には薄く汗がにじんでいた。
そんな微妙な空気を変えたのは、絶妙なタイミングで現れた店員だった。
『お待たせしました』
運ばれてきた三杯の生ビールが、それぞれの目の前に静かに置かれる。
「じゃ、ひとまずおつかれ~」
ケンがグラスを掲げて乾杯の合図を送り、豪快にビールを流し込む。蓮もそれにならい、一気に飲み干していた。
ただひとり、美桜だけが手をつけず、じっとその黄金色の液体を見つめていた。
「旨っ!」
口元をぬぐいながら、ケンが満足げに笑う。
「どうした、美桜?」
ようやく蓮が彼女の異変に気づく。
「美桜ちん、飲まないの?」
ケンも興味津々で覗き込んできた。
「……飲んだこと、ないから……」
美桜の呟きに、ふたりの表情が一瞬で固まる。そして同時に、なにかに気づいたように顔を見合わせた。
「そういえば、お前はまだ中学生だったな」
「美桜ちん、まだ未成年だった……」
蓮とケンの声がかぶり、そのまま笑い出す。
「ごめん、ごめん。すっかり忘れてた!」
ケンが申し訳なさそうに手を合わせて謝る。




