エピソード1-3
ポケットから何かを取り出す音。金属が擦れるかすかな響き。火打石のような音がして、続いて、ゆっくりと吐き出される煙の気配――空気に溶け込むような香りが、少女をやさしく包み込んだ。
少女はなにも話さない。蓮もまた、なにも言わない。ただ二人で並んで座り、行き交う人々を眺めているだけだった。
けれど、その静けさの中にある蓮の存在感は、不思議と彼女を安心させた。控えめで、それでいて確かに感じられる温かさに、心地よさを覚える。
◇◇◇◇◇
どれくらい時間が経ったのだろう――少女はぼんやりと考えていた。
腕時計に目を落とし、ようやく一時間近くが経っていることに気づく。ふと視線を外し、隣にいる蓮をさりげなく見た。
いつもは遠くから見ているだけの彼が、こうして隣にいる。そのことが、妙に不思議だった。
「大丈夫か? 痛むのか?」
蓮が少女の視線に気づき、柔らかな声で尋ねた。
「大丈夫です」
少女は小さな声で答えた。それを聞いた蓮は、指に挟んでいたタバコを地面に落とし、靴の裏で静かに火を消した。
足元には、いくつかの吸い殻が散らばっている。
「……なぁ」
「はい」
「お前、いつもここにいるよな?」
唐突な問いに、少女は目を丸くする。
「えっ⁉ どうして知ってるんですか?」
驚きが隠せず、声が裏返った。その様子に気づいた蓮は、微笑みを浮かべる。
「俺がここを通るとき、いつも見かけるなって思ってた」
穏やかな口調でそう言う蓮の言葉に、少女はしばし黙って聞き入った。どうやら、彼は前から自分を見ていたらしい。
「いつも、ここでなにしてるんだ?」
その問いに、少女は答えを探すように視線を落とした。
「……別に、ただいるだけ……」
「そうか」
蓮は優しい笑みを絶やさなかった。その穏やかな表情に、少女の緊張もすこしずつ解けていく。
「名前は?」
「……美桜」
少女は少し戸惑いながらも、はっきりと答えた。
「みお? 漢字は?」
蓮が続けて尋ねると、美桜は一瞬だけ考え込み、静かに答えた。
「……美しい桜」
その言葉に、蓮の目が見開かれ、思わず声が漏れる。
「マジか⁉」
蓮の反応に驚いた美桜は、俯いていた顔を上げた。
そこには、驚きの色を浮かべた蓮の顔があった。
「なに?」
美桜は首を傾げた。
驚きの表情を浮かべていた蓮の顔が、感心したように変わった。そして、小さな声で呟く。
「……あいつ、すげぇな」
「……えっ?」
(……あいつ? 誰のこと?)
美桜は疑問に思ったが、それを口にする間もなく、蓮が次の質問を重ねた。
「美桜……いい名前だな。何歳だ?」
「十五」
短く答えた美桜の言葉に、蓮は軽く頷いた――が、すぐに声を上げる。
「ふーん、十五か……はぁ⁉ 十五⁉」
とつぜんの大声に、美桜は目を瞬かせた。
「うん」
蓮の狼狽とは対照的に、美桜は冷静そのものだった。
「マジか……十五って中学生……ほんとか?」
「そう。三年生。学校にはあんまり行ってないけど」
蓮はしばらく黙り込み、ぽつりと呟く。
「そ……そうか。中学生か……」
その独り言に、美桜は何も返さなかった。
「まぁ、若いとは思ったけど……いや、それでも十八ぐらいかと……」
途切れがちな言葉に、蓮の動揺がにじむ。
「こんな時間に……こんな場所に……中学生がいていいのか?」
「……」
「……いや、ダメだよな?」
蓮はぶつぶつと自問を続け、美桜にはその姿が少し滑稽に見えた。
(……なんか、おかしい)
笑いを押し殺しながら、美桜はポーチから小箱を取り出し、火を点けようとする。
「中学生には見えねぇよな?」
蓮がまだ独り言を続ける中、美桜は小さく息を吐いた。
(……おもしろい人)
そう思った瞬間、蓮がふいに美桜の方を見た。




