エピソード6-3
そんな中、美桜へ向けられる視線は、次第に冷たさを増していった。
『蓮さんやケンさんと一緒に歩くんじゃねぇよ』
『調子のんなよ!』
『二人から離れろよ!』
ぶつけられる暴言。それでも、美桜は顔を伏せなかった。
『お前は俺の女だ。いつも、俺の横で堂々としていろ』
あの日、蓮がくれた言葉を思い出し、彼女は真っ直ぐ前を向いて歩き続ける。
そんな美桜の頭を、蓮が静かに撫でた。
その手はまるで、「それでいい」と告げているかのようだった。
そして、突如響く声。
『調子のってっと殺すぞ! ブス‼』
人混みの奥から投げつけられたその言葉に、ケンがピタリと足を止めた。
「ケンさん?」
美桜も足を止め、彼の異変に気づく。
(……誰? この人……)
隣に立つケンの顔が、見る間に変わっていく。目を吊り上げ、鋭い眼差しで人波の向こうを睨みつけていた。
美桜の身長では、その先までは見えない。
けれど――ケンの視線の先に、確かな標的がいるのだと、美桜は悟った。
「……んだ……」
ケンが低く、なにかを呟く。
(……えっ? 今、なんて言ったの?)
訝しげにケンを見上げた瞬間――。
「誰に言ってんだ⁉ 俺らが連れてる女に気軽に声掛けてんじゃねぇぞ! 殺すだぁ? やれるもんならやってみろよ。――その代わり、徹底的に追い込むぞ‼ コラァッ!」
ケンのドスの利いた怒声が、繁華街に響き渡った。
その瞬間、通行人たちは一斉に足早になり、その場を避けるように散っていく。
空気が変わった。重く、鋭く、張り詰める。
気づけば、美桜たちの周囲には、不自然なほど大きな空間がぽっかりと生まれていた。
ケンの視線の先――恐怖に顔を引きつらせて固まっている、十人ほどの若者たち。さらに、いつの間にか集まっていたガラの悪い男たちが、その若者たちを静かに取り囲んでいた。
(……怖い……)
緊迫した空気に耐えきれず、美桜は隣の蓮を見上げた。
蓮もまた、ケンと同じようにその一角を冷ややかに見据えている。無言のまま、鋭い存在感を放っていた。
「……蓮さん……」
かすかに震える声に、蓮がゆっくりと視線を落とす。
その目には、いつもと変わらぬ優しさが宿っていた。
「……ケン、行くぞ」
蓮は静かに美桜の肩を抱き、歩き出す。
「……そいつら、片付けとけ」
その声は、背後の空気を凍りつかせるように冷たかった。
すれ違いざま、蓮とケンに頭を下げる取り巻きたち。
『こっちに来い‼ コラァ!』
『調子に乗ってんじゃねぇぞ!』
背後から響く怒声。
美桜は一度も振り返らず、前を向いて歩いた。
彼女の視界には、好奇の渦と化した人だかり――野次馬たちの顔が映る。群れとなった彼らは、まるで壁のように道を塞いでいた。
(……これ、通れないかも……)
そう思ったが、蓮もケンも足を止めようとはしなかった。
美桜も彼らに続く。野次馬の群れに近づくと、道が――開いた。
吸い込まれるように、自然と裂けた人波。
その道を、蓮とケンは迷いなく進む。
注がれる無数の視線。
畏怖、憧憬、嫉妬、羨望。
そのすべてを肌で感じながら、美桜は胸の奥でふと、思った。
(……蓮さんとケンさんが、遠い……)
近くにいるはずのふたりの存在が、まるで手の届かない場所にあるように感じられた。
(住む世界が違う……数日前まで私は、この空間の外側にいた。でも今は、その中にいる。私は――ここにいていいのだろうか。蓮さんの隣に、居続けられるのだろうか)
いくつもの疑問が、美桜の中を巡っていた。




