エピソード6-2
しかしその笑顔もつかの間、ケンが手を伸ばした瞬間、蓮の声が鋭く響いた。
「触るな」
怒りを含んだその声に、美桜の身体が小さく震える。ケンは慌てて手を引っ込み、悔しげにつぶやいた。
美桜は戸惑いながらも蓮のシャツを掴み、目を見上げる。そんな彼女に蓮の表情が優しくほころび、不安はすうっと消えていった。
それを見つけたケンは、悟ったように頷き、目じりを緩めて笑う。美桜はその笑顔に、なぜか首を傾げていた。
「蓮、飯行こうぜ」
「……あぁ、いつだ?」
「今から!」
「……はっ?」
「美桜ちんもいいよな?」
(……私のあだ名、勝手にちん付きに決定ね……)
誘いの驚き以上に、愛称をつけられたことが気になっていた。
「……はい……」
ケンの空気に、美桜はつい呟く。
「よし! 決まり‼」
満面笑顔でガッツポーズのケンに、蓮は溜息をついた。
「美桜、なにか食べたいものは?」
蓮が覗き込むと、ケンが間髪入れず答えた。
「焼肉っ‼」
「てめぇには聞いてねぇよ」
ケンはまるで子どものように「焼肉」を連呼。
「美桜ちんも、焼肉食べたいよな?」
潤んだ瞳で問いかけるケンに、心配する美桜。お腹はいっぱいだったが……。
(ケンさん、そんなに言うなら……)
美桜は小さな声で答える。
「じゃあ、焼肉で……」
するとケンの声がしみじみと響いた。
「美桜ちん……」
その時、蓮の低い声が割り込む。
「美桜、騙されるな」
「えっ?」
「それ、そいつの作戦だから」
「作戦? ……そんなことないよ」
(ケンさん、涙まで浮かべてるのに……)
疑いつつも見つめる美桜。すると、ケンの瞳が濡れていた。
なぜなら――。
「バレたか?」
そう言って、ケンはぺろりと舌を出した。
「……えっ? さっきの涙は……」
「演技だ」
「……演技?」
「こいつは、そういう奴だ。だから騙されるな」
蓮が呆れたように紡いだその言葉に、美桜は言葉を失う。
(演技なんて……そんなはずない……)
だが、まるで悪戯が見つかった子どものように笑うケンの表情を見て、蓮の言葉が真実だと悟った。
(まんまと騙された……)
呆然としながらも、美桜は二人のやりとりに、強い絆のようなものを感じ取っていた。
友達という存在に縁のなかった彼女にとって、それはほんの少し――羨ましかった。
結局、ケンの熱烈な希望により、焼肉に行くことが決まった。
「なんで、てめぇが美桜の横を歩いてんだ?」
三人が並んで歩き出してすぐ、蓮が不機嫌そうに口を開いた。
「いいじゃん、横を歩くくらい。手を繋いでるわけでもないしさ。美桜ちんも大変だね、こんな独占欲の強い奴に捕まってさ」
ケンが軽く笑いながら美桜に目を向ける。
(蓮さんって……独占欲、強かったんだ……知らなかった……)
蓮は小さく舌打ちをした。
「あ〜、怖い怖い」
ケンは一向に怯える様子もなく、蓮をちらりと見やる。
美桜はそんな二人の間に挟まれ、少しばかり落ち着かない気持ちになっていた。
(……ケンさんも、有名人なんだ……)
蓮に挨拶していく人たちは、ケンにも頭を下げていく。彼もまた蓮と同じように、無言か「おう」「あぁ」とだけ応じる。
女の子たちの黄色い声援にも、二人は目もくれない。




