エピソード6-1
「なんか他に欲しいものはないか?」
蓮が美桜の顔を覗き込む。
「別にない」
美桜は首を横に振った。
「それじゃ、そろそろ帰るか」
蓮が彼女の肩に手を伸ばしたその瞬間――。
「蓮っ‼」
背後から無邪気で強引な声が響き、美桜の身体がビクリと反応した。繁華街の喧騒の中でも目立つその声に、蓮は軽く舌打ちをした。
「……面倒くせぇ奴に見つかった」
低く呟かれ、美桜は無意識に蓮のシャツを掴んだ。蓮が振り返ると、美桜もゆっくり後ろを見た。
「珍しいじゃん! こんな早い時間になにやってんだよ?」
人混みをかき分けて現れた男が、軽い調子で話しかける。
「……別に」
「久しぶりなのに、冷てぇな」
「一昨日会ったばかりだろ」
「……ん? そうだったか? あ、そういえばそうだった! ははは!」
「……ったく、笑って誤魔化すなよ」
「まぁ、細かいこと気にすんなって」
美桜はその男を見ながら考えた。
(この人、蓮さんの友達?)
金髪を無造作に立たせ、日焼けした肌と筋肉質な腕が印象的。幼さの残る笑顔と大きな瞳。耳のピアスや肩のネックレスが目を引く。並ぶと背も高く、美桜は見上げて首が痛くなった。
男はふと美桜に視線を向け、
「あれ~?」と腰を曲げて覗き込む。
(……えっ?)
美桜の頭上に蓮の溜め息が落ちてくる。
男は美桜をじっと見上げ、驚きとともに人懐っこい笑顔を浮かべた。蓮の肩に腕を回した手を見て、ニヤリと笑い──、
「なあ、蓮。この可愛い子、誰?」
男はそのまま蓮を見つめて問いかけた。
「お前には関係ない」
「……なんだよ、紹介してくれてもいいじゃねぇか」
不貞腐れたように呟くケンは、再び美桜に視線を向けた。
「俺、ケン! 二十三歳で、蓮の幼なじみだ。よろしく! 名前は?」
ケンの元気すぎる自己紹介に、美桜は少し引いてしまった。人見知りの彼女には緊張の極みだ。それでも小さな声で答える。
「……美桜です……」
確かに聞こえたらしく、ケンが続ける。
「美桜? 漢字は?」
(字……? 名前の字? 蓮さんにも聞かれたっけ……)
「……『美しい、桜』です」
そう告げた途端、ケンの目が大きく開いた。
「……マジかよ……」
(……何? それって何かあるの?)
「で、何歳なの、桜ちん?」
(桜ちん? なんでちん?)
「……15歳です……」
「はっ……15⁉」
ケンの顔色がみるみる変わり、蓮に鋭い視線を投げかけた。
「なあ、蓮……」
「……なんだよ?」
「お前、それ犯罪じゃねぇか!」
「あ? てめぇだけには言われたくねぇよ」
「うおぉー‼ 羨ましい! どうして蓮だけ? ズルくねぇ?」
「うっせぇよ。声デカいぞ。葵に言いつけるぞ」
その瞬間、繁華街のざわめきさえかき消すケンの声が、ぴたりと止まる。周囲の視線すら恐れず騒いでいた彼が、完全に凍りついた。
「……あの……今のこと、葵には……ナイショで……」
焦るケンを、美桜は興味深げに見つめる。
「は? 却下」
蓮の冷たい一言に、ケンの表情が引き攣る。
「頼むよ、蓮! あいつがマジで怒ったらヤベェんだって!」
「お前が葵を怒らせるようなことをしたから悪いんだろ?」
「……‼」
(……葵さん……)
美桜は心の中でその名前を、何度も繰り返した。
(葵さんって、ケンさんの彼女なのかな……)
ケンは肩を落として俯き、蓮は鼻で笑った。その様子に、思わず美桜も笑みがこぼれる。ケンの表情の激変が、ちょっと可笑しかったからだ。




