表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深愛~見つけられた日から、もう逃げられない~  作者: 白川桜蓮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/46

エピソード5-9

◇◇◇◇◇

 ランジェリーショップを出たとき、美桜の身体はぐったりと疲れ切っていた。

 なぜこれほどまでに疲弊しているのか、自分でも明確な理由がわからない。ただ、買い物をしていただけで、特に体を動かしたわけでもないのに――。

 あの後も、店員のお姉さんは容赦なく営業トークを畳みかけ、多種多様なランジェリーを美桜と蓮の前に並べていった。しかも、そのトークの矛先はなぜか終始、蓮に向けられていた。

(……どうして、私じゃなくて蓮さんなの? 実際に身に着けるのは私なのに……)

 疑問を抱きながらも、美桜の意見が反映されることはなかった。蓮の「いい」「ダメだ」の一言で、商品の選定は次々と進み、気づけば選ばれた下着は山のように積み重なっていた。

 スタッフのお姉さんは満面の笑みを浮かべ、蓮は当然のようにカードを差し出し、荷物は後で取りに来るよう指示していた。

 すべてが終わり、店を出たとき、美桜の足取りはふらついていた。

 そんな彼女に、蓮はまったく動じることなく、さらなる一言を告げた。

「もう一軒行くぞ」

 その響きは、酔ったサラリーマンが放つ定番の一言にすら聞こえる。

(……次はどこ? どんなお店なの? どんな試練が待っているの? ……さっきは胸まで触られた私、次は……どこを……)

「……もう、どこも触られたくない……」

 ぽつりと漏れた美桜の本音に、蓮が怪訝そうな顔を向ける。

「どこも触られねぇよ」

「……触られないの?」

「あぁ」

「……じゃあ、どこに行くの?」

「スマホを買いに行く」

 その一言に、美桜は全身の力が抜けるほどの安堵を覚え、胸を撫で下ろした。

(よかった……これ以上触られたら、ほんとうに気絶するところだった……)

 絶望の淵から生還した気分のまま、蓮に肩を抱かれながら、美桜はなんとか歩を進めた。

 ケイタイショップに入ると、そっと蓮から距離を取り、ひとまず椅子に腰を下ろした。

(蓮さんの用事が終わるまで、ここで休ませてもらおう……)

 椅子に腰を下ろした瞬間、美桜は大きく息を吐いた。身体も心も、ぐったりと重たかった。

「どれがいい?」

 ほっとする間もなく、すぐ隣から蓮の声が届く。

「……なにが?」

「スマホだ」

「誰の?」

 蓮は深く溜め息をつく。

「お前のだよ」

「なんで?」

「お前、スマホ持ってねぇだろ?」

「ううん、持ってない」

 美桜は素直に首を振った。

「……だからだよ。スマホがなかったら不便だろ?」

「いらない」

「なぜ?」

「使わないから」

「友達とかと連絡取れねぇと困るだろ?」

「友達なんて、いないから」

 その一言に、蓮がわずかに眉をひそめた。

 美桜がスマホを持たなかった理由は、単純だった。施設では希望すれば持てたけれど、必要だと感じたことがなかった。掛ける相手も、掛かってくる相手もいなかったからだ。不便とも思わなかった。

「それなら、俺専用にしろ」

「……蓮さん専用?」

「あぁ」

「それって、必要なの?」

「あぁ。俺が美桜と別行動する時に、必要だ」

「そっか……でも、私、スマホの使い方とか全然分からないよ?」

「頑張って覚えようとか思わねぇのか?」

 蓮は呆れたように笑った。

「……面倒くさい……」

「そう言うと思った」

 蓮は小さく吹き出した。どうやら美桜の反応は予想通りだったらしい。

「これは必要だから買うんだ。好きな機種を選べ」

「……じゃあ、蓮さんと同じのがいい」

 美桜がそう呟くと、蓮は意外そうに眉を上げた。

「俺と一緒でいいのか?」

「……うん」

 小さな頷きに、蓮はほんの少しだけ嬉しそうに微笑んだ。

「ほら」

 手渡されたスマホは、蓮のものと同じ機種で、色違いだった。

 深い海のような藍色をした蓮のスマホに対して、美桜のは、桜の花びらのような柔らかなピンク。

 これまでスマホなんて不要だと思っていたのに、手にした瞬間、不思議と胸が弾んだ。

(……ちゃんと使えるように、勉強してみようかな……)

 そんな気持ちが心の奥から、ほんのりと芽吹いた。

「蓮さん、ありがとう」

 美桜が素直にお礼を口にすると、蓮は軽く頷いて応じた。

「あぁ。アドレス帳に俺の番号が入ってる。別行動の時に、なにかあったらすぐ連絡してこい」

「うん」

 美桜は微笑みながら、新しいスマホをそっとバッグにしまった。その小さな機械は、彼とつながる唯一の証。指先の動き一つ一つに、スマホへの期待と、ほんのりとした嬉しさが滲んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ