エピソード5-6
「美桜」
「……なに?」
「今度から、俺と出かけるときは財布を持ってくるな」
「……え?」
「お前は財布なんか必要ない。欲しいもんがあったら言え。なんでも買ってやる」
「……ダメだよ」
「なにがダメなんだ?」
「蓮さんのお金は、蓮さんのもの。自分のために使うべきだよ」
「俺の金だから、お前のために使いたい。どこかおかしいか?」
その一言に迷いはなく、美桜は何も言い返せなかった。
(蓮さんは、私のどこがいいんだろう……どうして、こんなふうに言ってくれるの? 私なんかのために……)
「分かったな?」
「……うん」
蓮は美桜の頭を、そっと撫でる。
(甘えていていいんだろうか? 私なんかが……こんな幸せを味わっていたら、いつか罰が下る気がする……)
『お待たせいたしました』
女性店員がクレジットカードを丁寧に蓮に返す。
美桜は反射的に蓮から身を離したが、彼は少し不機嫌そうな目で彼女を見下ろした。
『お荷物は、いつもの方にお預けしてよろしいですか?』
店員は変わらぬ笑顔で、穏やかに尋ねてくる。
(いつもの方? 預けるって、どういう意味?)
「あぁ、あとで取りに来させる」
蓮が立ち上がり、それに合わせて美桜も慌てて腰を上げる。
『いつもありがとうございます』
店員の綺麗なお姉さんが、深々と頭を下げた。
蓮は美桜の肩をそっと抱き寄せ、そのまま店を後にする。
『またお待ちしております』
柔らかな声が背中に届き、ふたりを静かに見送る。
「……蓮さん、あの店にはよく行くの?」
外に出ると、美桜はさりげなく尋ねた。
「あぁ、俺の服はほとんどあそこのブランドだ」
「そうなんだ……」
(やっぱり蓮さん、あのお店の常連なんだ……)
「ねぇ、荷物って、誰が取りに行くの?」
「気になるのか?」
「……ちょっとだけ」
「そのうち、嫌でも会う」
「……え?」
(〝嫌でも会う〟ってどういう意味? 蓮さんの知り合いなの? でも、どうしてその人が……)
『いらっしゃいませ‼』
突然の声に、美桜は思考を中断された。
顔を上げると、目の前には色とりどりの下着が並ぶショップ。
スケスケのランジェリーを纏ったマネキンが、なぜか真剣な表情でこちらを見ている。
「……蓮さん、お店、間違ってない?」
「あ?」
「ここって……ランジェリーショップだよね?」
「何ひとつ間違ってねぇよ」
涼しい顔のまま蓮は、美桜の肩を抱いて店の奥へと進んでいく。
(ちょ、ちょっと待って……どうして蓮さんがこんなお店に……ここ、完全に女性向けの店だよ⁉)
美桜の頭は混乱し、完全にパニック状態に陥った。
(幸い、他にお客さんがいないからいいけど……もし通報されたら⁉ 蓮さんが変質者扱いされるなんて、絶対に嫌!)
今ならまだ間に合う。美桜は意を決して蓮を引き止めようとした――その瞬間。
『今日は、どのようなものをお探しでしょうか?』
スタッフのお姉さんが、微笑みながら声をかけてきた。
(えっ⁉ 蓮さん、怪しまれてない⁉ 普通、男性が入店してたら不審がられると思ったのに……)
戸惑う美桜の横で、蓮はまるで常連のように、落ち着いた声で応じた。
「こいつのを選んでやってくれ」
蓮の言葉に、スタッフのお姉さんは微笑みを崩さず、『かしこまりました』と応じる。
(……男の人がこういう店に入るのって普通じゃないよね? 私だけが焦ってるの?)
混乱した思考のまま、美桜はますます訳が分からなくなっていた。




