エピソード5-5
◇◇◇◇◇
食後、ファミレスの前で膝を抱えて蹲る美桜。
蓮がしゃがみ込み、そっと頭を撫でながら顔を覗き込んだ。
「苦しいのか?」
「……苦しい」
小さな声で答えると、
「薬、買ってくるからここで待ってろ」
「薬?」
「あぁ、胃薬だ」
その一言に、美桜は急に立ち上がる。
「大丈夫! もう平気だから!」
「美桜?」
「ほんとうにもう大丈夫! ……ほら、早く行こうよ!」
美桜は蓮の袖を引っ張って急かした。
しばらく彼女の顔を見つめていた蓮は、小さく溜め息を漏らす。
「美桜、お前……もしかして薬も苦手なのか?」
笑いを堪えるような声。次の瞬間、美桜の動きがぴたりと止まる。
「えっ⁉ ……いや、その……」
焦る美桜の様子を見た蓮は、ついに堪えきれずに笑い声を上げた。
「……だって、苦いんだもん」
美桜がぼそっと呟くと、蓮の笑い声はさらに大きくなる。
(そんなに笑わなくてもいいじゃん……私は飲めないんじゃなくて、飲みたくないだけなの!)
「まぁ、いい。もう大丈夫なんだな?」
「……うん、大丈夫」
「そうか」
蓮は笑いながら美桜の肩を軽く叩き、そのまま彼女の肩に腕を回して歩き出した。
◇◇◇◇◇
最初に向かったのは、落ち着いた雰囲気の漂う洋服のショップだった。
ドアを開けると、洗練された空気が流れ、奥から現れた品のある女性店員が明るく声をかけてくる。
「いらっしゃいませ!」
蓮はその店員に向かって、簡潔に告げた。
「こいつに似合う服を、持ってきてくれ」
(……えっ、こいつ? それって、私のこと⁉ いや、服なんて別に欲しくないんだけど!)
美桜の心の中の動揺をよそに、店員は笑顔を崩さず、深々と頭を下げる。
「かしこまりました。ただいまお持ちいたしますので、こちらでお待ちくださいませ」
案内されたのは、上質な生地で覆われたふかふかのソファ。
美桜は戸惑いながら腰を下ろし、周囲をそっと見渡した。
(なに、このお店……どうしてこんなに接客が丁寧なの? 私がいつも行くお店なんて、普通にタメ口だし、接客というより放置されてるって感じなんだけど?)
しばらくして店員が何着もの洋服を抱えて戻ってきた。
その量を目の当たりにし、美桜は思わず目を丸くする。
(ちょ、ちょっと待って……この量って、試着だけじゃ済まないよね……)
美桜の動揺を余所に、蓮はいつもと変わらぬ口調で言った。
「美桜、試着してこい」
「……はい?」
(まさか……これ、全部着るの⁉)
店員が柔らかな微笑みを浮かべながら、美桜を試着室へと案内する。
『こちらへどうぞ』
そして結局、美桜は用意されたすべての服を順番に試す羽目になった。
試着室から出るたびに、蓮と店員が並んで真剣な表情で評価している。
「いい」
「だめだ」
蓮の短い言葉を受けて、店員が次の一着を差し出す。
最初は優しそうだと思ったその笑顔も、今では悪魔の仮面のように見えてくる。
すべての試着が終わるころには、すでに二時間近くが経過していた。
疲れ果てた美桜は、ソファに沈み込むように座り込む。
それに気づいた蓮が、店員との会話を切り上げ、彼女の隣に腰を下ろした。
悪魔――もとい、美しい店員が再び現れ、紙を一枚蓮に差し出す。
蓮は一切迷わずクレジットカードを差し出し、店員の女性は一礼してレジへと向かった。
その一連の動作を呆然と見つめていた美桜だったが、我に返ってバッグに手を伸ばす。
「蓮さん、自分で払うから」
その手を、蓮があっさりと掴んだ。
「いい。俺が勝手にやってることだ」
「でも、昨日も服を買ってもらったし……」
「全部、俺が好きでやってることだ。お前が気にすることじゃねぇ」
蓮の揺るがぬ態度に、美桜はそれ以上言葉を継ぐことができなかった。
さらに、掴まれた手を軽く引っ張られ、思わず身体が蓮に寄る。
「ちょっと、蓮さん⁉ 人が見てるから……」
周囲には他の客や店員の姿もある。けれど、蓮は構う様子もなく、平然と口にした。
「気にするな」
(……この人には、恥ずかしいって感覚がないの?)
美桜は赤くなった頬を隠すように、蓮の胸元に顔を埋める。




