エピソード5-3
その瞬間、美桜の目に信じられない光景が映った。
「……なに、これ……」
美桜の口から思わず言葉が漏れる。
人でごった返す繁華街のメインストリート。
そこにいるはずの群衆が、蓮と美桜の周りだけ不自然な空間を作っていた。
(……昨日もそうだった……)
美桜は、昨日の待ち合わせ場所で感じた違和感を思い出していた。
あのとき、蓮の纏う雰囲気に誰も近づけなかった。
それは偶然ではなく、蓮が纏う威圧感が自然と距離を生み出していたのだ。
(蓮さんの雰囲気が怖すぎて、誰も近寄れないんだ)
美桜は蓮の横顔を見上げた。
彼はそんな状況にも気づいていないかのように、穏やかな表情で歩く美桜に歩調を合わせている。
そのとき、次々と蓮に挨拶をする声が耳に入ってきた。
『お疲れ様です』
『蓮さん、今日は早いっすね』
『うーっす!』
スーツ姿の厳つい男性たちや、いかにもガラの悪そうな若い男たち。
『蓮、今度飲みに行こうぜ』
『女と一緒かよ。珍しいな』
『昨日、ケンが探していたぞ。連絡してやれよ』
どう見ても蓮より年上で、怖そうな人々が蓮に気軽に声を掛けていく。
蓮は立ち止まることなく、短い返事だけを返していた。
『きゃ~! 蓮さ~ん、超かっこいい‼』
『今度遊んでください~!』
そして、派手な格好の若い女性たち。
彼女たちの興奮した声が、美桜の耳に響く。
(……蓮さん、すごい人気だな……)
不思議な光景に驚きながらも、美桜はふと蓮の横顔を見る。
彼の表情は涼やかで、それでもどこか優しさが滲んでいる。
でもやはり女の子たちにはまったく興味がないようで、蓮は一切反応を示さない。
『誰? あの女……』
『なんで、蓮さんと歩いてんの?』
『いや~、蓮さんが女の肩を抱いてるんだけど⁉』
嫉妬と好奇の視線が、美桜へと一斉に注がれる。わざと聞こえるような声音で、嫌味をたっぷりと含んだ囁きが彼女の耳をかすめた。
(……私なんかと一緒に歩いてたらダメなんじゃないの? 肩なんて抱いてたら、もっとダメなんじゃ……)
胸の奥にじわじわと湧き上がる不安を抑えきれず、美桜は蓮のシャツの裾をそっと引く。
「ねぇ、蓮さん」
すぐに視線を落としてきた蓮の瞳は、いつもと変わらず静かで落ち着いていた。
「肩、離して」
「……なぜ?」
「だって、蓮さんが私の肩を抱いてるから、みんながショックを受けてる……」
サングラス越しに、美桜をじっと見つめる蓮の視線。
「美桜」
「うん?」
「お前は、俺の女だろ?」
「……うん」
「だったら、俺の横で堂々としてろ。他人に何を言われても気にすんな。お前は、俺だけ見てりゃいい。他のやつの言葉なんか、聞かなくていいんだ」
その低く穏やかな声は、まるで優しい旋律のように美桜の耳に染みわたる。
サングラス越しでもわかる、蓮の漆黒の瞳がまっすぐに彼女を捉えていた。
「わかったな?」
「……うん」
「それでいい」
美桜の頷きに、蓮は満足げに微笑んだ。




