エピソード5-1
やっぱり私は、子どもだった。
蓮さんと一緒にいることを、私は選んだ。
それは、自分で決めたこと――蓮さんの隣にいたいと思ったから。
だけど、それが〝好き〟という感情なのかどうかは、分からなかった。
そもそも、〝好き〟ってなんだろう?
誰かを好きになったことのない私には、その気持ちがどんなものなのか、想像もつかない。
蓮さんは、私のことを〝好きな女〟だと言ってくれた。
その言葉は嬉しかった。けれど、それがどういう意味を持つのか、蓮さんが私に何を求めているのか――まだ、分からなかった。
蓮さんと一緒にいるということ。
それが、私の人生をどんなふうに変えていくのか――あのときの私は、まだ何ひとつ知らなかった。
◇◇◇◇◇
「おい、まだかよ?」
鏡の前でマスカラを塗る美桜に、蓮が呆れた声を投げかける。彼は同じ言葉を何度も繰り返していて、最初は「あとちょっと」「もうすこし待って」と返していた美桜も、今では無言になっていた。
「おい、まだかよ?」
(また言った。本当にひとりで出かけてくれればいいのに)
心の中で呟き、ため息を漏らす。ほんの少し前、美桜は蓮に寄り添いながら微睡んでいた。夜に眠れない彼女にとって、昼の仮眠はかけがえのない時間だった。
「出かけるぞ。準備しろ」
眠気に抗えぬまま、その言葉はまるで意図的に落とされたようだった。美桜は寝たふりを続ける。
しかし、蓮は一筋縄ではいかない。
「目薬を点すぞ」
耳元の囁きに、美桜は飛び起き、蓮を睨みあげた。
「……どこに行くの?」
「飯を食いに」
彼は淡々と言い、気に留めない。
「お腹、空いてないもん」
その返事に、蓮は低く「は?」と返し、鋭い視線を向ける。
「普段、ちゃんと飯を食ってんのか?」
「……まあ、一応……」
「朝飯は?」
「……食べない」
「昼飯は?」
「起きてたら食べるかも」
「じゃあ、何時に起きるんだ?」
「……夕方くらい……」
「晩飯は?」
「……面倒くさくなければ……」
蓮の表情は険しさを増す。
(……なに? 私、変なこと言った?)
その問いが胸をよぎった瞬間、蓮は苛立ちを振り切るように低く言った。
「ふざけんなよ。飯ぐらいちゃんと食え!」
その迫力に、美桜は縮こまりながら即座に答えた。
「はっ……はい!」
蓮の強い口調に、美桜は慌てて視線を逸らした。
「飯を食ったら、買い物もするぞ」
溜め息混じりにそう告げる蓮。
「……どうぞ。いってらっしゃい……」
美桜がぽつりと呟くように返すと、
「あ?」
蓮の低く鋭い声が響き、背筋が凍る。
(……なんでこの人はこんなに怖いの? ひとりで行けばいいのに!)
もちろん、そのような反抗的な言葉を直接口にする度胸がない美桜は、心の中でだけ文句を言う。
「一緒に行くよな?」
「……」
「行かねぇのか?」
「……」
「どっちだ?」
蓮に迫られるように問われ、美桜は観念して答えた。
「……行く」
蓮は満足げに微笑みながら「そうだよな」と言う。
(これって……脅迫だよね? 私は脅されているの?)
心の中で文句をこぼしつつも、美桜は諦めたように腰を上げ、バスルームに向かった。




