エピソード4-5
力の抜けた身体を預けるようにして座っていた美桜に、蓮はそっと脱がれたTシャツを肩からかけた。
そして、軽々と彼女を抱き上げ、自分の膝の上に座らせる。
香水とタバコの混じった蓮の匂いに、美桜はどこか不思議な安心感を覚えた。
「なぁ、美桜」
「……うん?」
胸に顔を埋めたまま、美桜は小さく応える。
「悪かったな。お前が辛くなるようなこと、無理に聞いて」
蓮の声には、申し訳なさと戸惑いが滲んでいた。
「……別にいいよ。私も話したかったから」
その言葉に、蓮の大きな手が再び背中を撫でる。
その優しい動きに、美桜の張り詰めていた心が少しずつほぐれていった。
「お前が繁華街に行く理由も、ひとりになるのが嫌な理由も……全部、分かった」
「……うん」
蓮の穏やかで温かな声が、耳元で静かに響いた。
「でも、だからって……俺は、お前があそこに戻るのを、黙って見過ごす気にはなれねぇ」
その言葉に、美桜は何も返せなかった。代わりに、心の奥がじんわりと揺れる。
「お前には、他に行く場所がない――それも分かってる。でも……」
蓮は言葉を切り、優しく美桜の髪を撫でた。
「それなら、もうここにいればいい。ここで俺と一緒に暮らそう」
「……え?」
唐突すぎる申し出に、美桜の心が大きく揺れた。
安心と嬉しさ。だけど、それをすぐに受け入れられるほど、現実は甘くない。
「それは……無理だよ」
「なんでだ?」
「……私は施設にいる。長く外泊すれば、すぐに問題になる。……それに、蓮さんに迷惑かけるわけにはいかない」
美桜はそう言いながらも、目を逸らし、ほんの少しだけ肩を震わせた。
蓮は、呆れたように肩をすくめ、口元にかすかな笑みを浮かべた。
「あ? 好きな女と一緒にいるのが、なんで迷惑なんだ?」
「……えっ? それって、誰のこと?」
思わず目を見開く美桜に、蓮は穏やかに問い返す。
「今、俺が誰の話をしてると思ってんだ?」
「……私?」
蓮の真っ直ぐな視線が、美桜の胸を強く打つ。
美桜の思考が混乱する中、蓮の口元には満足そうな笑みが浮かぶ。
(……は、はぁ? 蓮さんの〝好きな女〟って……私⁉)
その言葉の意味が脳裏に染み込んだ瞬間、美桜の頬がぱっと赤く染まっていく。
(でも……昨日会ったばかりじゃん)
焦る気持ちを抑えきれず、必死に言い訳を探そうとする。
「で……でも、昨日会ったばかりだし……」
精一杯の反論も、蓮には通じない。
「あぁ。話したのはな」
「……どういうこと?」
蓮の漆黒の瞳が美桜の瞳をまっすぐに捉える。
その目は、すでに真実を語る準備ができていた。
「実はな、去年の春くらいから……お前があそこにいるの、知ってた」
(去年の春……私があそこに通い始めた頃?)
その言葉の意味を、美桜はすぐに理解した。
「初めはナンパ待ちかと思った。でも、声をかけられても絶対について行かねぇし、ずっと無視してるのを見て、なんか違うんじゃねぇかって思ってさ」
「……よく見てたんですね」
「まぁな。毎日通るたびに、お前を見るのが……クセになってた」
蓮の瞳に、どこか懐かしさと優しさが宿る。
(蓮さんが昨日、私を見つけたのって……偶然じゃなかったんだ)
その事実が胸の奥をじんわりと温かく染めていく。
「……蓮さんの気持ちは嬉しい。でも……やっぱり、ここにいるのは無理だよ」
そう言いながらも、心のどこかで名残惜しさを拭いきれない。




