エピソード4-4
「私を妊娠して、仕方なく産んだって……だから、私のことが大嫌いだったんだって」
淡々と語られるその言葉一つひとつが、蓮の胸に深く突き刺さる。
「でもね……私はお母さんのこと、大好きだったの。どんなに傷つけられても、それは私が悪いからだって思ってた」
「仕方ない……のか?」
低く問い返す蓮の声が、美桜の心を揺らす。
「うん。望まれていないのに生まれてきた私が悪いんだって……お母さんが悪いんじゃなくて、私が悪い。だから叩かれるのも当然だって、そう思ってたの」
彼女の背中に残る無数の火傷の痕は、時間が経っても癒えることのない記憶だ。
「……でもね、ちょっとだけ期待してたの」
「期待?」
「うん。どれだけ私を嫌っていても、保護された私を、きっと迎えに来てくれるって」
あのときの光景が、まるで昨日のことのように鮮明に蘇る――。
児童相談所に母が現れた、あの瞬間のことを。
「でも、私に言ったの」
「……なんて?」
蓮の声に応えるように、美桜の瞳から涙がこぼれ落ちた。
「『あんたなんて、生まれてこなければよかったのに。あんたのせいで、私の人生は滅茶苦茶になった』って……」
頬を伝う涙は止まらない。
もう泣くことはないと思っていたのに、どうしても止められなかった。
(……私の中には、あとどれだけ涙が残っているのだろう?)
尽きることのない悲しみが、心の深くから溢れ出していた。
「美桜……」
蓮がそっと肩に手を置く。
それでも、美桜はなおも母の言葉を繰り返し思い出していた。
その言葉が何度も頭の中で繰り返されるたびに、美桜の呼吸は乱れ、肩が激しく上下し始めた。
「大丈夫だ」
蓮の手が、美桜の肩にしっかりと添えられる。
「落ち着け」
耳元で優しく響くその声にも、美桜の意識は次第に遠のいていく。
息がうまく吸えず、指先には痺れが広がり、空気を求めるように胸だけが上下する。
――そのとき、唇に温もりを感じた。
蓮の唇だった。
驚きと共に、その体温がゆっくりと心の奥へ伝わっていく。
唇の隙間から入ってきた舌が、美桜の舌に絡みつくように動く。
「……んっ……!」
一瞬の抵抗を試みるも、次第に蓮の行為に身を委ねていくしかなかった。
漏れた息が蓮の耳元をかすめ、そのたびに彼の腕にわずかに力がこもる。
しばらくして、美桜の身体から少しずつ力が抜けていくのを感じ取ると、蓮は唇を離した。
「美桜、目を開けろ」
落ち着いた低い声に、美桜はそっと瞳を開く。視界いっぱいに広がるのは、蓮の顔だった。
「ゆっくり息を吸え。それから、吐け」
その指示に従い、美桜は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。何度か繰り返すうちに、次第に呼吸が落ち着いていくのがわかった。
「どうだ、まだ苦しいか?」
「……もう大丈夫。苦しくない」
かすかに首を振る美桜を見て、蓮は安堵の息をついた。
「過呼吸だな」
初めて耳にする言葉に、美桜は不思議そうに首を傾げた。
「今まで、こうなったことは?」
「……ない」
美桜の答えに、蓮は眉間に一瞬だけ皺を寄せた。
「そうか……」
その短い言葉の裏にある、蓮の複雑な思いが微かに伝わる。




