表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深愛~見つけられた日から、もう逃げられない~  作者: 白川桜蓮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/23

エピソード4-3

(……もしかして、蓮さんも思ってる? ……『私なんか、生まれてこなければよかった』って……)

 不安はやがて、恐怖に変わっていく。

 そのとき、美桜の頭にそっと触れる温かな手があった。

 それだけで、張りつめた心がすこし緩む。

「無理に話さなくていい。言いたいときに言えばいいから」

 蓮の低く優しい声に、美桜は一度、大きく息を吸い込んだ。

 そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「……夢を……見るの」

「夢?」

 蓮が尋ねると、美桜は小さく頷き、瞳を閉じた。

◇◇◇◇◇

 古びた狭い和室。

 畳の上には使い古された布団と、壊れかけた家具がぽつりと置かれているだけ。生活感はなく、どこか荒れ果てていた。

 その部屋の一角で、小さな女の子が蹲っている。

 壁際に身を寄せ、自分の存在を消すかのように、小さな身体を縮めていた。

 震える腕で自分の身体を抱きしめ、かすかに擦れる畳の音さえ、沈黙を破るように響く。

 その静寂を破ったのは、甲高い怒声だった。

 若い女性――母親と呼ばれるその人の声が、容赦なく彼女の耳を打つ。

(……もういや……怖い……誰か助けて……)

 少女の目の前に立ちはだかる母親の視線は、鋭く、冷たい。

 その眼差しにさらされるだけで、胸の奥がぎゅっと締めつけられるような痛みに襲われる。

 部屋全体が、自分を押し潰そうとしている――そんな錯覚に囚われる。

(……ごめんなさい……お母さん……)

 幼い彼女のか細い声は、虚空に溶けていった。

 次の瞬間、母親の手が彼女の頬を打った。

 乾いた音が鳴り響き、視界が一瞬、白く明滅する。

 倒れた身体を、母親は無理やり引き起こすように少女の髪を乱暴に掴んだ。

 そのまま、容赦ない衝撃が腹を蹴り上げる。

(……苦しい……やめて……)

 かすかな呻きが、少女の口から漏れる。

 鼻や口からこぼれた赤い液体が、白い肌を伝い、畳にしみこんでいく。

 やがて、身体には赤紫の痣が浮かび上がり、じわじわとその痛みが全身を這う。

 泣き叫ぶことさえ許されず、ただ、静かに耐えるだけ――。

 けれど、怒りはまだ止まらない。

 母親は無言で煙草に火を点け、その青紫の煙がゆるやかに漂い始める。

 火のついたその先端が、無表情のまま、少女の背中へと近づいていった。

(……嫌だ……やめて……!)

 心の中で響く悲鳴。けれど、その声は誰の耳にも届かない。

 火が肌に触れた瞬間、乾いた音が静寂を裂いた。

◇◇◇◇◇

 美桜はゆっくりと瞳を開く。

 視界に映るのは、硬い表情を浮かべた蓮の顔。

 その目には怒りと、どこか深い悲しみが宿っていた。

 視線を受け止めた美桜は、静かに蓮のTシャツに手をかけ、脱ぎ始める。

「美桜……?」

 戸惑いの声が室内に響く。

 下着姿のまま、美桜は蓮をまっすぐ見つめる。

 その視線を確認し、ゆっくりと背を向けた。

 彼女の背中には、無数の火傷の痕がくっきりと刻まれていた。

「……なんだよ、これ……」

 掠れた蓮の声が、彼女の背後から漏れる。

「罰だよ」

「罰?」

「私が、生まれてきてしまった罪に対する、罰……」

 その言葉に、蓮は息を呑んだ。

 無数の痕跡が語る、言葉では言い表せない過去の記憶。

「私は、親に捨てられたって言ったでしょ?」

 背を向けたまま、美桜は淡々と口を開く。

 今、蓮の顔を見ることはできなかった。

「あぁ」

 短い返事が、静かに響く。

「正確に言うと……保護されたの」

「保護?」

「うん。児童相談所に――」

 その言葉に、蓮の身体がわずかに硬直したのが伝わった。

「……母親の虐待から守るため、だって」

 その瞬間、美桜の脳裏にあの光景がよみがえる――。

 児童相談所の職員に連れられて行くとき、母が言われていた言葉――。

「私には父親がいない。いないっていうか……誰だかわからないんだって。お母さんがそう言ってた」

 美桜の声は次第に掠れ、微かに震えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ