エピソード3-3
(……もしかして……私をここで降ろしてくれるの? 面倒くさくなって、私を見捨ててくれるの?)
蓮の瞳を見据えながら、美桜は答えた。
「……怖くない」
次に蓮の口から出た言葉に、美桜は息を呑む。
「もし、拉致られて、犯られても怖くねぇのか?」
蓮の問いに真っ向から向き合う美桜。目を逸らしたくなる衝動を抑え、絞り出すように答えた。
「そんなの全然怖くない」
その言葉が終わると同時に、シートが揺れ、世界が一瞬で上下逆さまになった。突然の出来事に美桜は固まり、何が起きたのか理解するのに時間がかかった。
視線を戻すと、蓮が自分の上に覆いかぶさっている。自由を奪われた両手は頭上に押さえつけられ、蓮の冷たい瞳が見下ろしていた。
「……やぁっ……んっ……!」
蓮の唇が美桜の声を塞ぐ。口内に入り込んでくるものは荒々しく、美桜の身体が反射的に震える。
冷たい瞳、鋭い視線――そのすべてが美桜の心を縛りつけた。
(……この人は……なぜこんなに冷たいの?)
やがて、頭の中にある言葉が浮かんでくる。それは――『全然怖くない』――さっき美桜が言い放った言葉だった。
(……私が怖くないって言ったじゃん)
蓮の問いかけに、はっきりとそう答えた自分を思い出す。
『拉致られて、犯られても怖くねぇのか?』
その質問に返した自分の言葉。
(……自業自得じゃん……)
その瞬間、美桜の中から力が抜けた。抵抗する気力もなくなり、瞳を閉じる。
(……すぐに終わる。だから……耐えればいい)
唇が離れ、首筋に触れる感覚がゆっくりと忍び寄る。
左手が美桜の中へ侵入し、彼女の身体が小さく震える。
乱れた蓮の吐息が耳元をくすぐる中、美桜は目を閉じてそれをただ耐えていた。
「……なんでだよ……」
掠れた声とともに、身体にかかる重みがふっと消えた。
「なんで、抵抗しねぇんだよ‼」
蓮の叫び声が車内に響く。
美桜はゆっくりと閉じていた瞳を開けた。
そこにあったのは、怒りと悲しみが入り混じった蓮の表情。
「……怖くないって言ったでしょ」
「は?」
「私は……こんなの、全然怖くない」
蓮は黙ったまま美桜を見つめ続ける。
その沈黙が、じわじわと車内の空気を重くしていった。
彼は苛立ったように髪をかきあげ、大きく息を吐く。
「……じゃあ、なんで泣いてんだよ?」
その一言に、美桜ははっとする。
(……泣いてる……の、私?)
蓮の視線は真っすぐ、美桜の奥深くを見つめていた。
「怖くねぇなら、なんで泣いてるんだ?」
美桜は答えられず、ただ視線を彷徨わせる。
(……わたし……泣いてる……)
蓮は黙って運転席へ戻り、タオルを差し出した。
「……悪かった。やりすぎた」
おそるおそるそれを受け取る美桜。
頬に触れた冷たさに、小さく震えながら自分の顔を拭う。
(……ほんとうに、泣いてたんだ……)
その瞬間、美桜の身体が小刻みに震えはじめ、堰を切ったように嗚咽が漏れた。
「なんで、そんなに我慢してんだ?」
蓮の声が、静かに響く。
「なんで、いつも悲しそうな顔してんだよ?」
抑えていた感情が一気にあふれ、美桜の涙は止まらなくなる。
「話せよ、美桜」
「……我慢するな」
「楽になれ、美桜」
(……お願い……それ以上言わないで……)
「お前の全部、俺が背負ってやる。……だから、もう大丈夫だ」
その言葉に、美桜の中で何かが崩れ落ちた。
大きな嗚咽が口をついて出て、彼女はまるで幼い子どものように泣き出した。
蓮は何も言わず、ただ黙って美桜を抱きしめる。
美桜はその胸にしがみつきながら、心の奥底に押し込めてきた想いをすべて解き放つように、泣き続けた。




