表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深愛~見つけられた日から、もう逃げられない~  作者: 白川桜蓮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/28

エピソード2-7

◇◇◇◇◇

 ふたりは、日が暮れるまで砂浜で遊び続けた。

 途中、トイレに立った蓮を待っていると、不意に見知らぬ少年が声をかけてきた。

「ねえ、一緒に遊ぼう!」

 突然の誘いに、美桜は戸惑い、身体が硬直する。

 返答に困っていると、背後から低く不機嫌そうな声が響いた。

「帰れ」

 その鋭さに少年は一瞬で怯み、水着姿のまま荷物を抱えてそそくさと立ち去っていった。

「……ここにもナンパ男がいたじゃねぇか」

 蓮が呆れたように言う。

 その言葉でようやく、美桜は少年がナンパ目的だったと気づいた。

 不満げな蓮の表情に、美桜は何も言い返せなかった。

 それ以降、蓮はずっと美桜の手を離そうとしなかった。

 そんな蓮も、周囲の女の子たちから注目を集めていた。

「あの人、かっこよくない?」

「一緒に遊びたい!」

 すれ違った後に、わざわざ振り返る子もいた。

 けれど蓮は気づいていないのか、まったくの無反応で、いつも通りだった。

 美桜は彼と繋がれた手をそっと放そうとした――けれど。

「……なんで、放そうとしてんだ?」

 蓮に鋭く睨まれ、思わず動きを止める。

 心の中で、声をかけてきた女の子たちに小さく謝りながら、美桜はもう一度、蓮の手をぎゅっと握り直した。

◇◇◇◇◇

 日はすでに傾き、砂浜は柔らかな黄金色に染まっていた。

 波打ち際に寄せる波は、茜色の光を抱き込みながら静かに揺れ、まるで時間そのものが穏やかにほどけていくようだった。

 空には、紫とオレンジのグラデーションが静かに広がり、遥か彼方の水平線では、光と闇が溶け合う一瞬の儚さを描いていた。

 潮風が頬を撫で、どこか懐かしくて切ない香りを運んでくる。

 人影のまばらになった砂浜では、波の音だけが世界を包んでいた。

 砂に残された無数の足跡が、さっきまでここにあった笑い声や、小さな思い出の余韻を語りかけてくるようだった。

 美桜は手にしたタバコから立ち上る細い煙越しに、ゆらめく茜色の海を見つめていた。

 それは、今日という特別な時間を静かに包み込むような、優しくてあたたかな景色だった。

「海は、どうだった?」

 蓮の声が、夕風の中でふわりと響く。

「……とても楽しかった」

「それなら、よかった」

「……ありがとう」

 感謝の言葉に、蓮はすこし照れたように笑った。

「そろそろ帰るか」

 立ち上がる蓮に続いて、美桜も腰を上げる。

 そして今度は、美桜が先に蓮の手を握った。

 二人は手を繋いだまま、駐車場へと続く階段を登っていく。

 途中、美桜はふと足を止めて振り返った。

 夕暮れに染まる、静かな海。

(……きっと、この景色も、今日のすべても、一生忘れない)

「どうした? 忘れ物か?」

 蓮に問いかけられ、美桜は首を横に振る。

「……ほんとうに、楽しかった」

 小さく呟いた彼女の頭に、蓮がそっと手を置いた。

 その手の温もりは、沈みゆく夕陽のようにやさしくて、少しだけ切なかった。

「……なら、よかった」

 蓮の笑顔に、美桜も自然と微笑み返す。

 二人の間に流れる静かな空気が、夕暮れの浜辺をいっそう心地よいものに変えていった。

 遠くでは波が穏やかに岸を叩き、空には一番星がひとつ、静かに瞬いていた。

 美桜は足元の砂を見つめながら、そっと心の中で小さな決意を立てる。

(……こんな幸せな時間が、ずっと続けばいいのに)

 けれど、その奥に微かに残る不安もまだ消えてはいない。

(——こんな幸福を、私が受け取っていいのだろうか)

 けれど、蓮の横顔を見るたびに、その不安は少しずつ、すこしずつ溶けていくような気がする。

 彼の隣にいると、胸の奥があたたかくなって――これまで知らなかった安心感が、そっと芽生えていくのだった。

 長く伸びた影が、夕暮れの砂浜に重なる。

(……この瞬間が、ずっと続けばいいのに……)

 美桜はそう心に誓いながら、もう一度空を見上げた。空には、彼女たちを見守るように、茜色から群青色へと移ろう世界が静かに広がっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ