エピソード2-5
◇◇◇◇◇
テーブルの上には、香ばしい香りを漂わせる料理が美しく並んでいた。
鉄板の上で音を立てるステーキ、色とりどりのサラダ、湯気を立てるスープ、そしてふっくらと盛られたライス。
目の前のボリュームに、美桜は思わず目を丸くする。
(……これって一食分? それとも一日分?)
驚く美桜の表情を横目に、蓮はあくまで涼しい顔で言う。
「いっぱい食えよ。成長期だからな」
「いただきます」
「シカトかよ」
ツッコミ混じりの言葉に、美桜は思わず吹き出しそうになった。
どの料理も美味しくて箸が止まらなかったが――唯一、目が泳いだ。
それは、鉄板の端で静かに主張するにんじん。
鮮やかなオレンジ色が、ステーキよりも存在感を放っていた。
(……にんじん、主張強すぎ……)
美桜は思わず視線を逸らし、ため息をついた。
(……これって、食べなきゃダメ?)
美桜は蓮の顔を伺った。
「どうした?」
すぐに気づいた蓮は、フォークを伸ばしてにんじんを一口で平らげた。
(……よかった)
胸を撫で下ろす美桜。だが――鉄板の上には、一切れだけにんじんが残されていた。
(……まだいる……)
困惑する美桜に、蓮は平然と言い放つ。
「一切れぐらい食え。好き嫌いしてると身長が伸びねぇぞ」
「……っ‼」
(……このまま残しちゃおうかな)
密かにそう企む美桜だったが、蓮の視線を感じて思わず目を伏せる。
(やばい。蓮さんがすっごい見てる。言葉は発さないけど、目が『早く食え』って言ってる気がする……どうやら、残すことは許されないらしい……)
美桜は悟り、困り果てた表情でにんじんを見据えた。
その小さな切れ端が巨大な障害物のように感じられたが、ふと思いついた作戦に気合いを入れた。
深呼吸で心を整え、勢いよくフォークを持ち上げると、一気ににんじんを刺した。そして、舌に触れぬよう注意しながら水で流し込んだ。
「よし! 食べられた!」
勝ち誇ったように声を上げる美桜に、蓮は一瞬唖然としたが、すぐに我に返る。
「『よし! 食べられた!』じゃねぇよ。ちゃんと噛め。喉に詰まったらどうすんだ?」
心配そうな口調に、蓮の優しさがにじむ。
「大丈夫だって!」
笑いながら答える美桜に、蓮は呆れたように笑顔を返した。
なんとかすべての料理を食べ終えた美桜は、ほっとして椅子に背を預けた。
蓮がタバコに火を点けるのを見て、美桜も取り出して火をつける。蓮は苦笑しつつ、今回は何も言わなかった。
(……やっぱり食後のこれは美味しい)
煙を吐き出しながら、美桜は満たされる気分を味わった。
「これを吸ったら、食後の運動に行こうぜ」
「うん」
蓮の提案に、美桜は迷いなく頷いた。
誰かと過ごす時間が、これほど心地良いと感じたのは初めてだった。
蓮は、美桜にとって多くの初めてを与えてくれる存在だった。
(……ダメ。関わりすぎちゃダメ。傷つくのは自分だから……)
蓮への警戒心が薄れるほど、それを咎めるように心の中の警報音は強くなる。
(……今日だけ)
そう自分に言い聞かせ、美桜はタバコを灰皿に押し付けた。
「行くか」
蓮が席を立つ。
「うん」
美桜も立ち上がり、バッグに手を伸ばしたそのとき、蓮がふいに耳元で囁いた。
「財布なんか出すなよ」
その声に、美桜は昨日のファミレスでのやりとりを思い出す。
バッグの中で握りしめていた財布をそっと離し、先を歩く蓮の背中を追いかけた。




