エピソード2-3
「ん? 顔だよ」
「顔?」
「お前の顔を見てれば、なにを考えてるかぐらい分かる」
「……っ!」
その言葉に、咄嗟に美桜は両手で顔を覆い隠した。
「なに、隠してんだ?」
呆れた声が返ってくる。
美桜は指の隙間から蓮を覗き込むが、彼は気にする様子もなく運転に集中していた。
「もしかしたらお前、自覚してないかもしれないけど」
「な……なに?」
「お前って、すげぇ分かりやすいぞ」
「……分かりやすい?」
「あぁ」
美桜は驚いた。今まで出会った人たちは皆、「なにを考えているのか分からない」と言った。
自己主張が苦手で口下手な美桜は、〈言葉にすること〉を避けてきた。「私はこう思う」という声を上げる必要性も感じていなかった。だからこそ、「分からない」と言われることに疑問はなかったし、それが望ましいと思っていたのだ。
「そんなにショックか?」
蓮が顔は前を向いたまま、視線だけを美桜に送る。
「ショック……ではないかな……ちょっとビックリしただけ」
「ビックリ?」
「うん」
「なんで?」
「初めて『分かりやすい』って言われたから」
「あ? 初めて?」
「うん。私は『なにを考えているのか分からない』って、よく言われるんだよね」
美桜の言葉に、蓮は一瞬不思議そうに目を細めたが、すぐに優しい笑みに変わる。
「そいつらは、お前のことをきちんと見てないだけだ。俺はお前をきちんと見てるから、分かる」
その言葉には、なぜか妙な説得力があった。
(……あぁ、そっか……)
美桜はふと思った。
これまでの人生で、誰かに「分かってほしい」と思ったことはなかった。だから、誰も美桜の心を知ろうとしなかった。それが当然だったのだ。
関わりを拒んでいたのは彼女自身――彼女自身が望んでいた結果だった。
小さく息を吐き、窓の外を見つめる美桜。
(……じゃあ、蓮さんは?)
胸に、新たな疑問が浮かぶ。
(――蓮さんは、私をちゃんと見てくれている? 私のことを知りたいと思ってくれてるの? もしそうなら、私も――どうなんだろう? 蓮さんのこと、もっと知りたいって思っているのだろうか?)
その瞬間、美桜の中で微かな危険信号が鳴り始める。
蓮はそれ以上、何も言わなかった。美桜の表情を見て、彼女がこれ以上深く探られるのを望んでいないことに気づいたのかもしれない。
しばらくして、車は静かに停まる。
(……目的地に着いたのかな?)
サイドブレーキを上げる音を聞きながら、美桜はそう思った。
蓮は窓を少しだけ開け、何かに火を点ける。その仕草を横目に見ながら、美桜は外へ目を向けた。
高台に停められた車の前には、可愛らしい白い建物が立っていた。
入り口を囲む花壇には、太陽へと向かって揃って咲く向日葵が一面に揺れている。
「今日、起きてからなにか食ったか?」
蓮の声に美桜が振り返ると、そこには変わらぬ優しい笑顔があった。
その笑顔を見つめながら、美桜は起きてからの行動を思い返した。
「……そう言えば、なにも食べてない……」
ようやくその事実に気づき、小さく呟く。
「やっぱりな」
蓮は呆れたようにため息をつき、車を降りて助手席のドアを開ける。
「飯を食うぞ」
美桜はシートベルトを外し、車から降りた。
降り立った彼女に、蓮が手を差し出す。
昨日と同じように、迷いながらも美桜は差し出された手を取る。その手は大きくて温かく、包み込むようだった。
その温もりに、胸が静かに高鳴る。
(……なんだろう? この感じ……)
初めて抱く感覚に戸惑いながら、美桜はそっと視線を上げた。
そこには、自分を見つめる優しい瞳があった。
「行くぞ」
蓮の声に、美桜は小さく頷いた。




