エピソード2-2
「どこか、行きたいところあるか?」
その問いかけに、美桜は思わず固まる。
すぐに答えたいのに、言葉が出てこなかった。
美桜にとって、何かを自分で決めるのは大の苦手だった。特に、それが誰かと一緒にすることとなれば、なおさらだ。
ひとりなら即断できたかもしれない。美桜は好き嫌いがはっきりしているし、やりたいこととしたくないことの境界線も明確だ。
だが、「蓮と一緒に」となると話は別だった。彼のことを考えると、自分の選択が適切なのかどうか、急に分からなくなってしまう。
(……どうしよう、決められない……)
途方に暮れる美桜の隣で、蓮が口を開いた。
「なぁ、美桜」
「うん?」
「お前って、優柔不断だろ?」
「……っ!」
(……なんで分かるの? 私、それほど分かりやすい?)
驚きと困惑が同時に押し寄せ、美桜の表情がこわばる。
「ど……どうして分かるの?」
「ん?」
「蓮さん、もしかして人の心の中が読めるとか?」
冗談めかしながらも、美桜は思わずドア側へ身を引いた。できるだけ蓮との距離を取ろうとする。
「あ? 俺にそんな特殊能力あるわけねぇだろ。……てか、なんで離れてんだ?」
「……心の中を読まれるかと思って……」
「……ってことは、お前、俺に読まれたらまずいこと考えてるな?」
「……あっ!」
図星を突かれた美桜は思わず目を泳がせた。
「図星か」
蓮は鼻で笑いながら、からかうような目を向けてくる。
「……別に、まずいことなんて考えてないもん……」
「ほんとか?」
その視線は問い詰めるというより、面白がっているようだった。
「……からかわないで……」
小さく呟く美桜に、蓮はますます楽しそうに笑い出した。
「お前、やっぱりおもしろいな」
(……私なんて、まったくおもしろくないのに……)
そう思ったが、それを口にすることはなかった。否定の言葉を自分で発すれば、余計に虚しさが増してしまう気がしたからだ。
ようやく笑いを収めた蓮が、柔らかく言った。
「俺のおすすめの場所でいいか?」
その一言に、美桜はようやく緊張から解放されたような気がして、笑顔で頷いた。
「じゃあ、そうしような」
蓮がサイドブレーキを下ろすと、車は静かに動き出す。
窓の向こうで陽の光が反射し、景色が流れていく。
車は繁華街を抜け、どこか遠くへと向かっていた。
窓越しに見える高層ビル群が徐々に後ろへ遠ざかり、人の姿もまばらになっていく。
行き先が気になったが、美桜は何も尋ねなかった。昨日の出来事もあって、彼に対する信頼が心に根を下ろしていた。
今日の美桜の中に、警戒のサイレンは鳴っていない。
青く澄んだ空には雲ひとつなく、陽光が道を照らしている。
外の暑さを想像するが、車内はちょうどよく冷え、快適な静けさが漂っていた。
美桜は初めて感じる車の乗り心地に驚いていた。電車やバスの揺れとはまるで違う。蓮の運転がうまいのか、高級車だからなのか――ほとんど揺れを感じなかった。
柔らかなシートに体を預けながら、美桜は静かに車内を見渡していた。
「昨日はまっすぐ帰ったのか?」
蓮が片手でハンドルを操りながら、ふいに訊いてきた。
「うん」
美桜が短く答えると、蓮の顔に安堵が浮かんだ。その表情を見て、美桜の予感は確信に変わった。
(やっぱり蓮さんは、私を帰らせたかったんだ)
心配してくれる気持ちはありがたい――でも、美桜にはあの場所が唯一の〈居場所〉だった。素直に喜ぶことはできなかった。
「帰りたくなかったんだろ?」
蓮の言葉に、美桜は驚き、伏せかけていた視線を慌てて上げる。
焦る彼女とは対照的に、蓮は涼しげな表情を崩さず、ハンドルを握る手に軽く力を込めた。左手は肘置きに載せ、指先が車内に流れる音楽に合わせリズムを刻む。
「……どうして、分かるの?」
美桜が小さく尋ねると、蓮はふと目を細めて答えた。




