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トワイライトにサヨナラを  作者: 佐久間
零章
5/7

情野浅葱の場合

 彼の世界は、長いこと白と黒で構成されていた。比喩ではなく、心理描写ではなく、そのままの事実である。



 情野浅葱は、自分の髪の色を知らなかった。












 色覚異常。それだけでことが済めば単純なものだったが、どうやら彼は自分が(・・・)興味(・・)()持った(・・・)もの(・・)以外への関心が非常に薄く、そこに色彩(・・)を見出せないようなのだ。困ったことに、彼はそれを不便とは感じなかったしーー尤も、それで十数年生きていればそう感じるだろうーー周囲への興味関心がひどく薄弱な彼だったから、色彩にもまた興味がなかったのだ。

 黒白の濃淡で光の委細を見分け、果てしない白黒映画の中を生きる。彼にとっては、この世界こそが映画だったかもしれない。



 彼のそんな世界が変貌したのは、当然ながら特務戦闘機関スサノオの素質を持つもの、として、召集されたときである。

 No.38にとっての救世の英雄(ヒーロー)の条件の一つ、『ただどうしようもなく、それ(・・)がないと生きられない人』に彼は不思議なことに当てはまった。宮口卯花の話を聞いたとき、彼は不思議に思ったものだ。彼に、そんなもの(執着)はないと思っていたから。


 結局のところ、彼の『誇り(譲れないもの)』は光陰だった。色彩のない彼の世界において、ものの違いを知るためには光と陰のコントラストが欠かせないもので、彼が無意識に執着していたものだった。


 しかし彼は、存在としての光ではなく、心因的な光を、見つけ出すことになる。























* * *

 ミヤグチウカ。そう名乗った年下の少女の生い立ちを聴き終えて、各々の紹介に至ったのは自然な流れであった。卯花自身、誰を特定して呼んだということもなかったらしく、名前や年齢、大凡そう言ったものを順に話していった。


 「浅葱さんは綾芽さんと組んでもらえますか?」


 なんとはなしに放たれた、年下の少女の言葉に彼は頷いた。

 彼らを呼び出した少女の説明によると、召集された彼らは人智を超えた能力(加護)を手にしているらしく、それを発揮するためには本質的に(・・・・)対になる人間と同行するのが一番だという。人間の本質とは、つまりはその遺伝されない髪の色だ。補色ではなく、卯の花色の人智を超えた能力による組み合わせ。年下の少女がわざわざ尋ねずとも、もとより彼らに拒否権などありようもなかった。











* * *

 扇綾芽は落ち着いた少女だった。落ち着き払っているゆえに、彼が今まで見抜きもしなかったものに気がつく。

 例えば



「ねぇ見て、情野くん。物語が始まりそうな入道雲よ」

「情野くん。あれ、あんな綺麗な飛行機雲初めて見たわ」

「あら、新人の職員さんですか? 初めまして。ほら、貴方も」

「すごい! 浅葱くん光量の調節がうまくなったわ! ほら、以前よりも光度が増してる」

「ねぇ見た? 焔士の、珀夢への視線。あれって気づかないの珀夢と、虹音ぐらい……うそ、貴方も気づかなかったの?」

「博士、機嫌が良かったわね。父の日だったし、珀夢に労ってもらえたのかしら。浅葱はなにかした?」

「卯花と少し話をしたのよ。元気がなさそうだったから……」





 「浅葱」


 「ねぇ、浅葱」





 綾芽は、浅葱に色を与えた。浅葱は心の底から驚いた。綾芽が指差す方向から、どんどん世界が色づいていく。美しい、とは思わなかったが、光と陰だけの世界から、浅葱は確かに脱出したのだーー綾芽によって。



 綾芽の髪の色を知った。優しい瞳の色を、日に焼けにくい肌の色を知った。あの日指差した入道雲の、鮮やかな空の色を知った。


 仲間だという彼らの髪の色を知った。恐ろしいほど澄んだ珀夢の琥珀色の瞳を知った。空の照れる時の頬の色を知った。焔士が珀夢を見つめる時の優しい夕暮れを知った。虹音が家族を語る時に、力が篭る拳の血色を知った。白だと思っていた卯花の髪の色を知った。これが世界でただ一人の色彩だと驚いた。珀夢の養父だという博士の黄昏色を知った。



 些細なことに気がつく。反応の薄い浅葱に付き合う。言葉が返ってこなくても、聴いているからと信頼をして話をする。綾芽本人が『身勝手』と苦笑する行動癖によって、浅葱は自分の髪の色を知った。



 「浅葱の髪の色って綺麗よね。空や、珀夢とはまた色味が異なって。

 ……とっても、貴方らしいわ」



 浅葱にとって綾芽は掛け替えのないただ一人になった。自分といる時の笑顔と、仲間といるときの笑顔は違う。顎を引く角度、口元の押さえ方。仲間といるときは少し大人ぶって、博士や職員と話すときは控えめに、浅葱といるときは飾らずに。

 扇綾芽は、情野浅葱のまぎれもない『光明』になった。

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