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トワイライトにサヨナラを  作者: 佐久間
零章
4/7

宮口卯花の場合

 No.38。それが彼女の名前だった。(いずれ)の日にか、世界を覆う飽和と憎悪の象徴世界の欠落(ホール)。それを発見し次第迅速に対応すべく、『導きの巫女』となるためだけに在る五十人の少女たち。No.38は、最も優秀な被験体だった。


 語学、数学、物理学、化学、生物学、地学、地理学、史学、倫理学、人心掌握術、演技。

 No.38はそのうち語学、地理学、人心掌握術と演技の最優等を必ず冠し、総合成績においても定期試験で首位を飾っていた。

 だからこそか、No.38は無感情の人形と化していた。
























* * *

 世界の欠落(ホール)は、人間の感情の凝縮体だという。貧困と互いの相違点による恐怖、そこからまねかれる憎悪。溢れかえるほどの富と平和から生み出してしまった贅沢な飽和。人間が、世界に向けた撤廃されるべき感情。


古くからの優秀な学者たちが挙って予言し、先進科学による検証も可能となった時、出現地域候補筆頭が東京都だとわかったときに政府は恐れた。世界有数の国際都市で、得体の知れない黒い実体を持たない円盤が現れたら、確実に混乱に陥るだろうと。政治、金融、貿易……では、混乱に陥り国際政治が泥沼化する前にできることはなにか。簡単なことだ。わかりやすい正義の味方を生み出すこと、だ。


 僕の顔をお食べと告げるアンパン、五人揃った戦隊ヒーロー、仮面をつけたバイクライダー、非科学的な能力で悪しき敵を浄化する魔法少女。休日午前の主人公たちを、知らない日本人はいないと言っても過言ではない。そのくらい、この国にはあからさまな正義の味方が根付いている。


 だから政府は創ることにした。わかりやすい正義の味方を。世界の欠落(ホール)出現に怯える民衆の味方を。

 僥倖にも研究を進めるうちに世界の欠落(ホール)からは異形の化け物の出現率が非常に高いことが判明した。では尚のこと都合がいい。正義の味方には、異形の化け物を倒す救世の英雄(ヒーロー)になってもらおう。


 わかりやすい方程式だ。しかし追い詰められた政府にはそのくらいしか策がなかった。仕方ないのだ、この国を円滑に回すためだったから。己が利益でなく、国益を守るためならば、彼らはなにをも厭わなかった。



 No.38は卯の花色の髪をした、冷めた目をしたニンギョウだった。世界の欠落(ホール)出現時に救世の英雄(ヒーロー)を集めるために、脳内関与機能を搭載した生身のニンギョウ。感情を知らない三十八番目。

 











 政府は五十人の被験体にこう告げた。



 君たちは案内人(ガイド)である。

 君たちは救世の英雄(ヒーロー)をサポートする導きの巫女である。

 君たちは救世の英雄(ヒーロー)に誰よりも信頼されなければならない。



 No.38はそのリクエストに見事優秀に応えた。自然な笑みの浮かべ方、信頼されやすい喋り方、安心しやすい話の順序。心遣い。思い遣り。

 もはや自然的な少女ではないほどに、No.38は完璧だった。



 No.38が導きの巫女として合格したから、救世の英雄(ヒーロー)の決定権はNo.38にあった。『より人間として優れた人』『英雄に相応しい人格の持ち主』。政府からは様々リクエストがあったが、No.38は密かに憧れていることがあったから、それを満たしている人を、六人呼ぶことにした。



 『ただどうしようもなく、それ(・・)がないと生きられない人』

 『運命を、信じていない人』



 No.38にとってそれ(・・)がなんであれ困らなかった。愛でもいいし、なにか趣味でもいい、友人や師でもいい。依存ではなく生きるための必須要素。そのことが明確な人ならば、挫けないだろうと踏んだのだ。それよりも、No.38がそこまで突き詰められる想いへの憧憬も、少なからずあった。No.38は若干の嫌悪感を政府にもよおしていたが、未だ見ぬ救世の英雄(ヒーロー)には同情すら感じていた。しかしながらNo.38はその気持ちを自覚したことはなかった。


 No.38は運命を信じていなかったから、運命を信じている人を仲間にすべきではないと判断した。できるだけ円滑なコミュニケーションを図るためには、共通項は多い方がいい。



 ところでNo.38は卯花と名付けられた。卯の花色の髪の色からとったという。この類の色合いの髪はなかなか見られるものではなく、No.38は自分の名前を気に入り、一人称を名前で喋るようになった。卯花には当然名字はなかった。彼女は五十人の捨て子の少女の内の一人で、卯花になる前は番号でしかなかったから、名字はおろか誕生も知らなかった。年齢は、全員同い年と言われていたが。だから、後に人為的に救世の英雄(ヒーロー)と呼ばれる人たちを前に、なんと名乗るべきか戸惑った。彼女が取った方策は、38から決めることだった。



 宮口卯花にとって、ほとんどのデータはどうでもいいものだった。
























* * *

 「僕の娘、たぶん君に喚ばれるよ」


 そうなったら、よろしくね。


 明日葉黄昏は、年齢を感じさせない不思議な人間だった。卯花にとって解明されないことは彼に関わることだけだったし、そういう風に卯花が思える相手は彼だけだった。

 光の度合いによって様々に変わる黄昏色の髪も瞳も、この世界においては非常に珍しいことだ。


 だがそれよりも、なぜ彼の娘が英雄として選出されるか知っているのか、わからないままだった。



「はくむっていうんだ。琥珀色の夢、で、珀夢」


「猫目でね、父親思いの優しい子で」

「人より多少警戒心が強いけど、ほんとにそれすら猫みたいで可愛くて」


「珀夢の世界は透明でね」

「だからあの子は世界を愛せなかった」


「……わかるかい? No.38」

「醜い人間が数多いることを、あんなきれいな子が知ってしまって」

「世界を愛せるわけないじゃないか」


「卯花さんも、世界を愛せないところとかよく似てるから」



「珀夢がなにかやっても」

「仲良くしてあげてよ」




 親馬鹿というのが正しいのだろうか。卯花はそう思索したが、それよりも




『どうしようもなく、慈しんでいる』




 だから娘の将来を嘆いている。

 卯花の瞳にはそう映った。






 「わかりました。黄昏博士ドクター・トワイライト


 彼のような性格を、『優しい』というのだと。卯花はそう認識した。


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