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トワイライトにサヨナラを  作者: 佐久間
零章
6/7

明日葉珀夢の場合


 「もしも明日世界が滅びるなら、あなたは今日、なにをしますか?」



 どこかで聞いたことのある心理テスト。答えは、『今日すること』が『本当にやりたいこと』だというもの。終わりを目の前にすると、人間の本当の願いが露わになる、そんないい例。

 珀夢は思った。前だったらなんて答えたんだろう、と。本を読む。終わる瞬間まで眠る。じゃなかったら、楽器でも弾くのだろうか。


 今? 今は、もちろん



 「世界が滅びないよう、全身全霊をもって食い止めますね」



 社交用の笑顔を貼り付けて、珀夢は笑う。どこまでも理想像だと自嘲しながら『明日葉珀夢』は笑う。



 ここは人気番組をいくつも抱えているテレビ局、の、休日お昼の収録現場だ。今日の珀夢の仕事はメディアへの露出。この仕事ができる人は珀夢を含めて三人しかいないため、割合多忙だ。


 響楽少女(サウンド・レディ)コウネになると虹音はバタフライマスクを装備して、豊布都の加護を全身に受けた空獅子(カラジシ)ソラは忍者か、鼠小僧かというような軽装で口元が覆われる。あんまりに眩しいか、あるいは闇に覆われていて浅葱の姿は人々は目視できないから、必然的にあの三人の素性は秘匿されることとなった。珀夢や焔士、それから綾芽の異能はそういった仰々しい変身(メタモルフォーゼ)がないから、まるで素性を隠していないかのようになる。バレたところで何も問題はないのだが。


 「さすが『白群色の風濤』。頼もしい限りですね!」


 先日人気ランキングで一位を飾った美人アナウンサーが、輝くような笑顔を珀夢に向ける。それに応えるように珀夢は唇を尖らせて、子供っぽい拗ねた表情をする。


 その様子に気づいたアナウンサーは、首を軽く傾げ案の定珀夢に聞いてくる。


 「あれ、どうかなさいましたか?」

 「……その、『白群色の風濤』って呼び名、よく仲間にからかわれるんですよね」



 ええ、と驚いたアナウンサーに続けるよう促され、珀夢は続けた。



「今回のように、ゲストとしてお呼ばれされた番組や、スサノオの、特集なんかのオンエアーは七人全員で必ず観ているんですけども」


 ここで珀夢は一息つき、苦笑したままに言葉を紡ぐ。



「『白群色の風濤』って紹介されると、必ず焔士がーー炎武帝が、大笑いするんですよね。私に不釣り合いなぐらい決まった二つ名だなって」



 肩を落としてため息を吐く。少々わざとらしいけど、実際の感情を吐き出すとこんな感じだ。


「なら炎武帝だって、って言い返したいんですけど、焔士はノリノリで。ソラは焔士を止めないし、コウネと綾芽はニコニコ笑ってて。

卯花は我関せずといった様子だし、アサギに至っては何話してるの? って聞いてくるんですよ!」



 オーバーリアクションに日頃のスサノオの様子を伝える。一種のリップサービスだと、彼女は博士(養父)に言われた。図った通りにアナウンサーは未知なるヒーローズの日常に目を輝かせてくれた。なんてやりやすい。


 そんな調子で収録はテンポよく進む。基本的に営業(メディアへの露出)をしなれている側としては、収録前の軽い打ち合わせで今回どんな話を望まれてるのか、どんな情報を提供するのがベストかは心得ている。安心したことに、今回の『スサノオの日常会話』的要素に適合したようだ。
























* * *


 明日葉黄昏は珀夢の養父だ。実の父ではないと言われた。


 珀夢の母親というものは、彼女を産んですぐ、博士の邸宅の前に棄て置いた。不貞の子だったか、産みたくもなかったのか、とは思うがこのご時世そんな子は珍しくもないし、堕ろすことだってできたはずだと、中途半端な愛情じゃないかと珀夢は思う。


 博士は研究が好きで、好きすぎて半世紀生きても恋人すらいないという、なんだか可哀想なひとだ。それでも毎日が楽しそうだから、きっと彼の人生はこれが正解なんだろう。

 前に珀夢は『私に気を遣わないで結婚して?』と言おうと思ったことがある。でも少し考えたらわかることで、博士は他人に気を遣うほど人間できてないのだから、結局珀夢はなにも言わなかった。


 睡眠時間は一日一日で見ると不安定、五徹する日もあれば丸二日眠る日もある。けれど一ヶ月かけて調べてみたら、一日の平均睡眠時間は七時間だったことがある。変なふうにバランスがとれている。朝食は必ず食べる。お味噌汁に白米、鮭の塩焼き、あとおから納豆。「これを食べないと一日が始まらなくてね」と博士は言う。確かに、珀夢の一日もそれを作らないと始まらない。

 部屋は汚い。というかなかなか帰ってこない。帰ってこない日は総じて研究所で徹夜している。助手の烏羽に聞いたら、仮眠すら取らないという。説教しようかと思ったけど、したところで聞いてくれるひとじゃないのは珀夢が誰よりよく知っていた。



 ああだが、珀夢が卯花に喚ばれたその日は家にいた。今思い返すと不思議だ。今日何時に帰ってくるの? と聞いたら、今日は夕飯を作って待ってるね。と返された。会話が成立しないで、もやもやしたまま珀夢はリビングで勉強をしたのだ。そうだ。

 卯花の声がして、いってきますも言わないまま導かれるようにぼんやり道を進んでいた。博士は止めなかった。そうして、スサノオ本部に着いたのだ。


 自分でもよくわからないままに導かれてしまって、周りを知らない大人たちに囲まれて。年上の少年はぼんなりしてるし、年上の少女は無表情だった。誰よりも不安げな、明らかに年下の少女のために珀夢は口を開いたのだ。



 「ここがどこだか、聞いても?」



 結局大人たちは珀夢に応えず、愚かしく狼狽するばかりだったがこの一言は仲間となる子どもたちになかなか大きな印象を与えたらしい。

『物怖じしない、はっきりとものを言う女の子』と。


 本意ではなかったが不本意でもない。珀夢は生来そう言われることが多かったからだ。





「珀夢は、ほんとうに恐れを知らない子だね」


 博士(養父)がそう言って頭を撫でてくれたのはいつのことだったろうか。珀夢は回想する。あれはたぶん物心ついたばかりの頃のことで、年上の少年に口喧嘩で勝ったときだったはずだ。あんまりな理不尽を彼が口にするから、珀夢はつい頭に血が上って真っ正面から喧嘩を売ったのだ。

 恐れを知らないというよりも、恐れ(・・)()こと(・・)()恐れ(・・)()いる(・・)と言ったほうが正しい。珀夢の目の前では世界は透明で、恐ろしいことなど何もないように感じる。だから、未知の激情を恐怖している。理不尽なことを言った少年だって、それが八つ当たりだと当時の珀夢は理解していた。だから君はその激情をコントロールしなければならない、そう伝えたら喧嘩になった。珀夢の方が正しいという絶対的自信と、誰にも負けない自己肯定感のおかげで珀夢は堂々と少年に勝った。













* * *


 明日葉珀夢の世界は透明だ。


 物事は明瞭。停滞こそが世界の歪みだと解ってしまうほど聡い珀夢は、世界を愛せなかった。不思議と周りの誰一人として世界が透明であるという、彰彰たる事実を理解しなかったから珀夢は苦しんだ。

 珀夢が見つめる世界は透明で、いつも美しく澄んでいる。だというのに一部の愚かな人々が、理不尽と暴虐を尽くすせいで世界が淀んでしまうのだ。愚かな人々は繁栄の安寧を良しとして、それの衰退を許さず、妨げようとする萌芽を摘むことを好んだ。透明な世界は物事の移ろいを好むのに、それが世界の理なのに、愚かな人々はそれを理解しないのだ。




 珀夢は厭った。世界の理に抗い、保身だけを考える、思い遣りの心の一欠片すらも持ち得ない人々を。

 珀夢は嫌った。そんな小さな人々が大口開けて笑うことを許容する世界を。

 珀夢は憎んだ。珀夢の愛する透明な世界を、より美しくしようと輝き続ける彼らを、愛さない世界を。




 明日葉珀夢の愛する世界は透明だ。けれど、明日葉珀夢が今眺める世界は、決して明澄ではない。


 琥珀色の瞳で見据える世界を、愛してはいない。

























* * *


 世間がよく知る『明日葉珀夢』は明るくて社交的、パパラッチみたいなのにも笑顔で手を振る素敵な女性。世界のことを何より考える、献身的な救世の英雄(ヒーロー)


 莫迦莫迦しいな、と珀夢は思わないでもない。まるで物語(ファンタジー)の直向きな直情型ヒロインみたいで。そんな(ひと)、いるわけないのに、と。


 それでも世間は夢を見る。明日葉珀夢含む救世の英雄(ヒーロー)が、己が欲を棄てて世界を救う英雄譚(ハッピーエンド)を。仕方がないから付き合っている。ミンナが世界を愛してるから。珀夢の大事な、ミンナの愛する世界を救うため。



 笑いがこぼれてしまう。本当に人間というものは、ヒーローが好きで、ハッピーエンドを愛している。

 もしも明日世界が滅びるなら、私は今日、なにをしようか。養父の瞳の色をした、空っぽの校舎で一人珀夢は微笑う。たまにはのんびりミンナで温泉でも。たまには博士を労ってもいい。もしも明日世界が滅びるなら、親孝行したっていいのだ。



 世界を救うちからを持っていながら、そんなことしか思えない私はきっとどうしようもなく救世の英雄(ヒーロー)にはなり得ないのだろうか。



 珀夢はどうしようもない自分を、嗤った。



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