七十人目
『何故、俺には命がない』
『初めから生きていないと言うのなら、何故俺は生まれた?』
『人に認識されなければ存在も出来ない脆弱な身体が憎い』
『こんな形で産み落とした世界が憎い』
『一人きりでも生きていける人間が憎い』
『命がある連中が、妬ましい』
「………」
フェレスは地面に倒れ伏しながら、虚ろな目でメトゥスを見ていた。
意識が朦朧としている。
自身を見下ろすメトゥスの姿さえ、霞んできた。
ここで負ける訳にはいかない。
ここで負けたら、全てが無駄になる。
何の為に世界から記憶を奪った。
何の為に再びレプスの記憶を奪った。
「ぐ…う…ッ!」
フェレスは全身に力を込めるが、指一本動かすことが出来なかった。
決して心は屈していないが、身体の方が限界なのだ。
「…まだ生きてんのか。お前も大概化物だなァ」
呆れたような声が頭上から響く。
「気付いてんのかどうか知らねえが、お前は俺の同類だ。人の心より生まれた存在。それ故にそう簡単には死なねえ」
メトゥスは独り言のように言いながら、右手を大蛇の首へ変えた。
光すら呑み込みそうな暗い口が、フェレスへ向けられる。
「丸呑みしてやるよ」
「ッ!」
大蛇は恐怖を煽るようにゆっくりと近付いてくる。
それを前にしながらも、フェレスは身動き一つ出来ない。
心だけは折れずにメトゥスの顔を睨みつけているが、それだけだ。
大蛇の口が大きく開く。
その時だった。
「…あ?………何だァ?」
大蛇の動きが突然止まった。
薄く白い物体が大蛇を覆い、その動きを止める。
白く冷たい物体の正体は………霜だった。
次の瞬間、何かが割れるような轟音と共にメトゥスの全身が氷に包まれる。
完全に自分を拘束した見覚えのある氷を見て、メトゥスは目を見開いた。
「コレは………まさか…!」
「今よ、ムース!」
メトゥスの声に被せるように、少女の声が辺りに響き渡る。
答えるように身動きできないフェレスの身体が宙に浮かんだ。
その身体を運んでいるのは、幽霊のような姿をした小柄な少年だった。
「大丈夫か? フェレス」
「ムース!? それに…」
ムースに運ばれながらフェレスは呆然とした顔でメトゥスを足止めする少女を見る。
氷を叩き壊して脱出しようとするメトゥスを次々と凍結させ、動きを封じている幼馴染の少女。
「レプス……そんな、どうして」
メトゥスから距離を取った所で降ろされ、フェレスは尚も混乱する。
一体何が起こっていると言うのか。
「どうしてそんなに驚いているのぉ? 私達が神様を助けにきたのが、そんなに不思議?」
急いでフェレスの手当てをしながら、ウルペースが聞く。
その隣にはラーナも控えていた。
この場には全ての仲間が揃っている。
全ての仲間がフェレスを覚えている。
フェレスに関する記憶は世界から消えた筈なのに。
「どうして、記憶が………」
「記憶があることが不思議か?」
そのフェレスの疑問に答える声があった。
ウルペースの後ろに堂々と居座っている男。
最早、因縁深い男。
「世界中の人間から記憶を奪うなんて凄まじいな。誰にでも出来ることじゃない」
咥えたキセルから紫煙を吹きながら、ゼノはニヤニヤと笑った。
「だが、あくまで全人類から奪ったのであって『死者』の記憶までは奪えていない」
「ッ!」
その言葉にフェレスはハッとなった。
フェレスが消したのは、世界中の『人間』の記憶。
既に死んだ者の心までは流石のフェレスも操ることが出来ない。
そして、ゼノの中には死者の魂が宿っている。
フェレスのことをよく知る人物が。
「後は簡単だ。私の知るフェレスを他の奴に教えてやればいい。都合のよい能力もある」
紫煙を弄びながら、ゼノは笑った。
そうやって、彼は再び仲間を集めたのだろう。
孤独な戦いに挑むフェレスを助ける為。
「心境の変化…ですか?」
「…かつて救えなかった親友の娘から、頼まれたからな」
複雑な表情で紫煙を見ながら、ゼノは言った。
氷の牢獄を遂に突破したメトゥスを見据え、再びフェレスへ目を向ける。
「応急処置は済んだだろう。いつまでも休んではいられないぞ」
「…言われるまでもありません」
フェレスはボロボロの身体に鞭打って立ち上がる。
それを見て、ゼノは笑みを深くした。
「それじゃ、行こうか。逆転の二回戦だ」




