六十七人目
「神様! お嬢ちゃんも無事みたいねぇ!」
ラーナを連れたウルペースは二人の姿を見て笑みを浮かべた。
「ウルペース…もしかして、みんな来てるの?」
「そうよぉ。ムースは意識が戻らなかったんだけど…」
言いかけたウルペースの傍に青白い光が出現した。
淡く輝くその光は、薄っすらと透けた人型だった。
それはどことなく、ムースによく似ていた。
「む、ムース!? 何その幽霊みたいな姿、死んじゃったの!?」
「死んでねえよ! ソムニウムの応用で精神だけを具現化しているだけだ!」
心外だと言わんばかりにムースが怒鳴る。
亡霊染みた姿なので別の意味で怖い。
「結構この姿便利なんだぜ。肉体に縛られねえ分、広範囲を調べられるし」
「レプスを見つけることが出来たのも、ムースのお蔭です」
自慢げに言うムースにフェレスが補足する。
「そうなんだ…ありがとう、ムース」
「…ふん。礼を言うより先に、やることがあるだろ」
ムースが身体を揺らめかせながら、遠くを見た。
嫌な感覚が支配するアルブスでは、あちこちで黒煙が上がっている。
今はまだ少しだが、確実に黒煙と悲鳴は増えている。
それは、十年前の再現だった。
「奴をどうにかしないと、災厄の繰り返しだぜ」
近くで震えているラーナを一瞥しながら、ムースは言った。
ここにいる全ての人間が一度味わった災厄。
それを再現させることなど、認められる訳がない。
「そうは言っても、アイツをどうやって倒すのぉ? 赤鷲ちゃんの爆発でも平然と復活した奴を」
「………」
ウルペースの言葉にレプスは黙り込む。
ここに来るまでフェレスと二人でずっと話し合ったことだったが、答えはまだ出ていなかった。
大勢の人間を殺した怪物相手に、たった五人で何が出来るのか。
思わず暗い顔を浮かべたレプスの頭に、優しく手が置かれた。
「それについては僕に考えがあります」
何でもないことのように、フェレスは言った。
その目に、ひそかな決意を込めて。
「燃えろ燃えろー! シシシシ…楽しくなってきたぜェ!」
燃え盛る建物の前でメトゥスは笑い声を上げた。
鼻歌まじりに足下で転がる騎士を踏みしめる。
「う…うぅ…」
「おいおいおい! 俺に逆らったくせに、この程度で根を上げちゃうの? もっと悲鳴を上げろ! もっと俺を愉しませろよ!」
呻き声を上げる騎士を掴み上げ、メトゥスは叫ぶ。
言いたいことを言うとその身体を思い切り、目の前に投げつけた。
眼前で燃え盛る炎の中へと。
「ぎ…ぎゃああああああ!」
「シシシシ! やれば出来るじゃねえかァ!」
炎の中で悲鳴を上げる騎士を見て、メトゥスは満足げに笑みを浮かべた。
その苦痛が、恐怖が、メトゥスの力となる。
メトゥスとは生物ではない。
ただ人を貶め、傷つけ、恐れさせるだけの存在。
それだけが存在意義。
それこそが存在理由。
「シシシシ………って、アレ?」
「お楽しみの所、すいませんね」
メトゥスは思わず笑みを止めた。
楽しげな顔を止めて、敵意に似た感情を浮かべる。
そんなメトゥスを見て、フェレスもまた敵意を顔に浮かべた。
「おやァ? お前の方から来てくれるとは思わなかったぜ」
「白々しいですね。その為にレプスを浚ったのでしょう」
フェレスの怒りが込められた声に、メトゥスは口元を吊り上げた。
自分の右腕を撫でながら、フェレスへ殺意の込められた目を向ける。
「お前には腕をやられた借りがあるからなァ。お前だけはこの手でぶっ殺す!」
殺意に呼応してメトゥスの影から夥しい数の蛇が這い出てくる。
それを見てもフェレスの表情は変わらなかった。
静かに右手に白い爪を出現させる。
「ハッ! 前回の俺と同じだと思うなよ!」
メトゥスの影が立ち上り、空中にすら影が出来る。
そこから現れたのは、巨大な口を開いた大蛇だった。
大人すら丸呑みしそうな大口を開けた大蛇が、九つ顔を覗かせている。
「俺は恐怖の数だけ強大になる。人々が俺を認める程に、俺の存在は世界を壊す!」
メトゥスの姿は半ば大蛇と同化していた。
一匹の大蛇だったメトゥスは今や、九つの首を持つ怪物に変貌した。
その怪物を前に、フェレスはちっぽけな存在に過ぎない。
「恐怖の蛇…か。ようやく理解したよ。お前は怪物でも何でもない、ただ人が心に描いた空想」
圧倒的な怪物を前に、フェレスは穏やかな表情で言った。
「あァ?」
「人の心の弱さそのものだ。どこにも存在しない被害妄想。そんな物に武器や鎧が通じる訳がない」
「…何を言ってやがる?」
訝しげな顔を浮かべるメトゥスの前でフェレスは右腕を掲げた。
その白い爪が空へ向けられる。
「『タブラ=ラーサの爪』」
名前を呼ばれた爪が弾けた。
それは光の爆発。
十年前に一度、帝国中を駆け巡った白き光。
尋常でない様子を見て、メトゥスは咄嗟に蛇を動かした。
フェレスが何かを行う前にその命を奪う為。
「…ッ!」
行動を起こす直前、メトゥスは胸を抑えて崩れ落ちた。
それだけではない。
メトゥスの背後に控えていた九つの大蛇が一匹残らず、消え失せた。
今までメトゥスを包んでいた力が、失われていく。
砂山を崩すように、メトゥスの存在が崩壊していく。
一分ほどで光が収まると、フェレスは静かにメトゥスを見下ろした。
「成功したようですね。推測が外れなくてよかった」
「て、テメエ…何をしやがった! 俺の、俺の力をどうやって…」
「お前が恐怖を糧に進化すると言ったので、その恐怖をこの世から消しました」
何てことないようにフェレスは言った。
メトゥスは思わず目を見開く。
「ば、馬鹿な! アニマに対する恐怖心は全て俺の力になる。それを全て消すなど…」
「ああ、そうだと思ったので。アニマの記憶ごと人々から消しました」
フェレスは再びあっさりと言った。
世界中の人間からアニマに関する記憶を全て消した。
今まで起きた全ての異変、全ての事件、アニマ寄生者の人生。
その全てを消してしまったと。
「さあ、これでお前を知る者は世界で僕一人になりました」
そしてそれはフェレスにも言えることだ。
アニマに関する記憶を全ての人間が失ったと言うことは、アニマをきっかけに繋がりを得たレプス達との思い出も消えたと言うこと。
十年前と同様に、世界からフェレスと言う存在が消えてしまった。
しかし、フェレスは何一つ悲観してはいなかった。
これでレプスを守ることが出来るのなら、何の後悔もない。
それに、
『幸福な思い出は消えない。記憶が薄れることはあっても、幸せだった事実は心に刻まれている』
例え全てを忘れてしまっても、きっと再び出会うことは出来る。
「くッ…!」
「百年の歴史に決着を付けましょう、メトゥスの蛇」




