六十六人目
「ふぇ、フェレス!? どうしてここに…」
「ムースに探してもらったんですよ。それでウルペースの能力でアルブスに侵入して………ってそんなことはどうでも良いんです」
説明を途中でやめて、フェレスは早足でレプスに近寄る。
珍しい真顔に緊張して固まるレプスの頭を勢いよく鷲掴んだ。
「フェレス……?……ちょ、痛い! 痛いってば!?」
「愛の鞭です。何も告げずに誘拐される悪い子に対する」
「いやいや、誘拐ってそう言う物だから! 置手紙残す誘拐なんてないから!?」
「君が行方不明と知った時、僕は気絶しかけましたよ。それで急いで場所を探して、追いかけて、心配して、心配して………心配させやがって、この野郎!」
「痛い痛い! フェレスのキャラがかつて無いほど壊れてる!?」
普段の猫被った敬語が壊れる程、激怒するフェレス。
自分の見ていない所でレプスが誘拐されたことが相当に堪えたらしい。
ギリギリと嫌な音が頭から響き、レプスは痛みで涙目になる。
「あー、おほん。いちゃつくのは結構だが、私のことを忘れるなよ」
わざとらしい咳をするゼノ。
それで正気に戻ったのか、フェレスはレプスから手を離した。
レプスの身体を背後に回して、ゼノに冷たい目を向ける。
「…理由は分かりませんが、レプスを助けてくれたようですね。ありがとうございます」
「礼を言う奴の目ではないな。礼を言われる筋合いもないが」
ニヤニヤと笑いながら、ゼノはキセルを咥える。
どんな心境に変化があったとしても二人の関係は変わらない。
この二人が手を取り合うことなどあり得ない。
「保護者も来たことだし。おじさんはもう行くぜ」
「………」
「殺すつもりがないなら、最後まで守れよ………諦めるのは楽だが、悔いが残るぞ」
最後にレプスを一瞥し、ゼノはそう言い残した。
「…つまり、メトゥスは恐怖する者がいる限り滅びないってことですか」
レプスの話を聞きながら、フェレスは頭を捻る。
メトゥスの正体、性質、能力。
正真正銘の怪物に対抗する手段を考える。
「うん。ゼノはそう言っていたわ」
「すると状況はあまり良くないですね。メトゥスはモルス教団を力で支配し、騎士団を制圧した」
既に大勢の人間がメトゥスを知ってしまった。
彼らはメトゥスに恐怖し、従っている。
それがメトゥスの力になるとも知らずに。
「…だったら」
「君を殺すって方法なら絶対に選びませんよ」
意を決したレプスの言葉を遮って、フェレスは言った。
レプスを犠牲にすればメトゥスは消える。
その方法を聞いた瞬間から、フェレスの答えは決まっていた。
「そうしてメトゥスが消えたとしても、次にまた現れる可能性が消えた訳じゃない」
恐らく、いや必ずメトゥスは復活する。
誰かを犠牲にするやり方で滅ぼせないことは十年前に証明されている。
「もし仮にそれでメトゥスが完全に消えるとしても、僕は絶対に君を死なせない」
「…それは姉さんとの約束だから? それともフェレスがそうしたいから?」
「両方です」
不安そうなレプスの頭に手を置きながら、フェレスは自然な笑みを浮かべた。
この少女だけは絶対に死なせない。
絶望したフェレスに希望を与えてくれたこの少女だけは。
「………」
安心したように笑顔になるレプスに微笑みながらも、フェレスは頭は冷静に思考していた。
人の恐怖がメトゥスの力となる。
恐怖する者がいる限り、メトゥスは消えない。
逆に言えば、誰も恐怖する者がいなければメトゥスは存在出来ない。
人々から恐怖を消すことが出来れば…
「………」
レプスと別れたゼノは一人無言で歩いていた。
周囲の騎士達を無力化しながら、のんびりとアルブスの町並みを眺める。
この町はもう終わりだ。
やがて、メトゥスの力が町を焼き尽くし、十年前の再現となるだろう。
それを防ぐ為の方法はゼノの目の前にあった。
災厄の起点レプス。
十年前の起点クルスの妹であり、亡き親友カニスの娘。
騎士として人々を救うつもりがあるなら、あの少女を殺すべきだった。
事実、十年前のゼノなら殺していた。
それをしなかったのは何故か。
「………」
「…何、悟ったような顔をしているんだァ?」
ゼノの目の前に暗い影が現れた。
姿形は違うが、声と気配は十年前と何も変わらない。
影の中から金色の目がゼノを見つめていた。
「久しぶりじゃねえか、勇者。十年前は見事に世界を救ってくれたなァ」
「よく言う。私に情報を与え、クルスを殺させたのはお前だろう」
確かな憎悪が込められた目でゼノは金の目を睨んだ。
その言葉にメトゥスは楽しそうに目を細める。
「おいおい、それは責任転嫁ってやつだぜェ。確かに教えたのも唆したのも俺だが、選択したのはお前自身じゃねえかよォ」
責めるような口調に、隠せない笑みが零れる。
「それでどんな気分だったよ。親友の願いを破ってまで娘に手をかけ、それでも結局、俺が復活したことを知った時の絶望と恐怖はよォ! シシシシシシ!」
楽しそうな歪んだ笑みだった。
人の悲劇と恐怖を愉しむ怪物の快楽だった。
「………」
ゼノは無言で剣を取る。
それを見て、メトゥスはまた吹き出しそうになる。
「どうした剣なんて抜いて、それで今度は妹の方を殺すつもりかァ? いいぜ、見守ってるぜ」
「………」
「俺の言うことなんて気にすんなって、正義の為だろう? 騎士なら、人々を救う為に行動しねえとな」
ゼノはメトゥスの甘言を振り払うように剣を大きく振った。
呼応するように紫煙が舞い、毒蛇のようにメトゥスに迫る。
「何のつもりだァ?」
自分の影で紫煙を弾き、メトゥスはつまらなそうに言った。
「悪いが、私は不良騎士でな。十年前ならともかく、今更人を救う気なんてない」
「チッ、勘違いしてレプスを殺せば今度こそ、その顔が恐怖に染まると思ったのによォ」
「勘違いだと?」
メトゥスは影の蛇を纏いながら、ゼノへ殺意を向ける。
「前回と今回で何か違うと感じなかったのかァ? どうして起点に芽生える筈のアニマを使える人間が何人もいるのか考えなかったのかァ?」
「………まさか」
「起点は、レプスだけじゃねえんだよ。歴代起点の魂を使うことで俺は同じ時代に複数の起点を用意した。このメトゥス様が、唯一の弱点をそのままにしていると思うかァ?」
つまり、レプスを殺しても終わりではない。
メトゥスを具現化している起点が複数いると言うなら、それら全てが死なない限り終わらない。
一人でも生きている限り、メトゥスは存在し続ける。
動揺するゼノの前で、メトゥスはその姿を大きく変える。
「だが、お前とフェレスは例外だ。起点でもねえのに、アニマを手に入れたイレギュラーだ。計算外は早めに始末するに限る」
「………」
「あばよ、勇者」
恐怖の蛇が、眼前の贄に襲い掛かった。




