六十四人目
「わ、私が起点?…私が死ねば、メトゥスが止まる…?」
「はぁ…こうなると思ったから言わなかったんだが」
暗闇の中で混乱と絶望に沈む声を聞き、ゼノは深いため息をついた。
メトゥスを具現化しているのは『起点』だ。
起点が死ねば、メトゥスは人々から忘れ去られ、やがて消滅するだろう。
百年前より何度もメトゥスは発生しているが、全てその方法で消えている。
レプスが犠牲になれば、今回の災厄は終わる。
しかし、
「…それでは根本的な解決にならない」
逆に言えば、今までと同じ方法では再びメトゥスは発生するということ。
レプスが死んで、人々がメトゥスを忘れたとして…
いずれまた誰かがメトゥスを知り、また同じことが起きる。
それが十年先か、二十年先かは分からないが、必ずメトゥスは復活する。
まるで帝国にかけられた呪いのように…
「…様! ご乱心を…!」
「いいから、さっさと通しなさい!」
その時、地下牢の出口から声が聞こえた。
荒々しく扉が開き、暗闇に眩い光が入り込む。
それに目を細めながら、ゼノは薄っすらと笑みを浮かべた。
「おい、レプス! 見ろよ、私らに珍客がきたみたいだ」
「…え?」
ゼノの大声にレプスも思わず扉の方を向く。
そこには貴族の女が肩を揺らしながら立っていた。
悪趣味な虎の毛皮を鬱陶しそうに纏い、焦燥した様子でゼノを睨んでいる。
「やあ、ティグリス。感動の再会だな。まさか生きているとは思わなかったよ」
「あなたの戯言に付き合っている暇はないわ! 今すぐここを出て私と来て貰います!」
ヒステリックに叫び、ティグリスはゼノの前に立った。
返事を聞くよりも先に鍵を取り出し、ゼノの牢に触れる。
「あなたのせいで私の人生は無茶苦茶です! 私が地位を取り戻すには、あなたの力を使うしかない」
「なるほど、メトゥスの混乱に乗じて騎士団の目を掻い潜った訳か。それで私を解放する代わりにアンタに協力しろと」
開錠された牢の扉を見て、ゼノは笑みを浮かべた。
それを好意的に受け取ったのか、ティグリスはゼノの手枷を外し始める。
「その通りです。あなたにとっても悪い話ではない筈。私が再び権力を手にすれば、あなただって…」
「下らないな。相変わらずお前は呆れるほどにつまらない人間だ」
言葉と共にゼノは解放された手でティグリスの首を掴んだ。
そのまま締め上げて、ティグリスの身体を浮かせる。
「なっ…ぐ、うう…な、何を…」
「化物が世界を滅ぼすって時に、人間同士で争ってる場合か。消えろ」
「ま、待っ…」
ぼぎん、と鈍い音がティグリスの細首から響いた。
力を失ったティグリスの身体をゼノはつまらなそうに投げ捨てた。
手枷の取れた腕を確かめながら、向かい側のレプスを見る。
「ッ!」
思わず身構えるレプスを見て、ゼノは馬鹿にするような笑みを浮かべた。
ティグリスの持ってきた鍵束を握る。
「そう見つめるな。すぐにそっちも開けてやるから」
「え…? ど、どうして」
「言ったろ。人間同士で争ってる場合かってな」




