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メトゥス  作者: 髪槍夜昼
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六十三人目


光の差し込まない暗い檻。


かび臭い石に囲まれた古い牢獄。


目の前に人がいても気付かないような暗闇の中、レプスは静かに座っていた。


メトゥスに気絶させられ、気が付けばこんな場所に寝かされていた。


「………」


視界が奪われると意味もなく不安になってしまう。


ここはどこなのか。


これから自分は何をされるのか。


フェレス達は無事なのか。


メトゥスは一体何を企んでいるのか。


色々考えてから、今のレプスには何も出来ないことに気付く。


レプスの力ではここから脱出することは出来ない。


助けを呼ぶことすら出来ない。


メトゥスの思惑通り、


ただ嘆き、恐怖することしか出来ないのだ。


「おや? そこにいるのは…」


絶望しかけていたレプスに声がかけられる。


暗闇の中に響く男の声。


それは知っている声。


しかし、決して安心できない声だった。


「こんな所で再会出来るとは思わなかったよ、お姫様」


「この声…まさか、ゼノ!」


レプスは慌てて声のする方を睨みつけた。


何も見えない闇の中から、ゼノは気安い口調で話す。


「そう警戒するな。今となってはご近所さんじゃないか」


「どうしてアンタがここに…!」


「それはこちらの台詞だ。ここは聖堂の地下牢だぞ」


ゼノの言葉にレプスは口に手を当て、思考する。


アルブスの事件後にゼノの身柄は騎士団が引き取った。


ゼノはアルブスを混乱させた罪で地位を失い、地下牢に投獄された。


レプスが閉じ込められた場所は、アルブス聖堂の地下牢だったのだ。


「だとすれば…」


「まあ、大体予想できる。騎士団の連中がメトゥスの手に落ちたんだろうよ」


「ッ!」


「連中も気の毒だな。洗脳からやっと解放されたのに、今度は化物の言いなりか」


「洗脳していたアンタが言うな!」


思わず怒鳴ったレプスだったが、ゼノは気にした様子もなく笑っている。


レプスと違って拘束されているのか、ジャラジャラと鎖が擦れる音が鳴る。


「私に洗脳されていた方がマシだったな。心が幸福で満たされていれば、化物に恐怖することもなかっただろうに」


「…アルブスをメトゥスから守る為にあんなことをしたって言うつもり?」


「そんな寒々しいことは言わん。知っているだろ? 私は悪人なんだ」


悪ぶった子供のような態度だった。


真実は不明だが、全てが終わった今となってはどちらでも同じことだろう。


「そんなことより話でもしよう。ここにぶち込まれてから退屈なんだよ」


「…アンタ、メトゥスについて何を知っているの?」


「よりによって怪物の話題か。もっと楽しい話はないのか?」


ゼノのつまらなそうな言葉に返答はなかった。


それに一つため息をつき、ゼノは面倒臭そうに口を開く。


「私も聖堂で調べた程度しか知らないが………アレは『怪物』だ」


「それは見て分かるわよ」


「いや、物の例えじゃない。奴は…お伽噺なんかに出てくる類の『空想上の怪物』だ」


重々しくゼノは言った。


地に足を付けている黒き青年の正体は、絵本の中の怪物であると。


「アイツに『命』はない。なのに存在して見えるのは俺達自身がそう信じているからだ」


「…どういう意味?」


「暗闇の向こうには何かいるように感じるだろう。それと同じだ」


「だったら、アイツは元々存在しない空想ってこと? そんな筈…」


「その空想を具現化するのがアニマだろう?」


ゼノの言葉を聞き、レプスは思い出していた。


フェレスはメトゥスが『生きているアニマ』だと推測し、その右腕をヴァニタスで破壊した。


アニマだけを破壊するヴァニタスは、確かにメトゥスを壊していた。


恐怖(メトゥス)と言う形をしたアニマを。


「元から生きていない存在を殺すことは不可能だ。童話の挿絵に剣を立てるような物だ」


「そ、それじゃ、どうやってアイツを倒せばいいのよ!」


「倒せない。アイツをどれだけ攻撃したって、奴を恐怖する心がある限り、復活し続ける」


それが人の恐怖から生まれた存在であるが故に。


メトゥスと言う名を知る者の恐怖を糧に、メトゥスは何度でも具現化する。


『死と再生』を意味する蛇のように。


命がないメトゥスには死も生も同義なのだ。


「…待って、それはおかしいわ」


レプスは悲観的に話すゼノを止めるように言った。


メトゥスは不死身。


誰も止められない怪物。


だとするなら、


「だったら、どうして帝国は滅びてないの? 十年前にメトゥスが出現した時に…ううん、それよりももっと早く世界は粉々になっていた筈よ」


十年前も災厄は起きた。


多くの人間が死に、アルブスは一度滅んだ。


だが、それだけだった。


人類が絶対に勝てない程の怪物が出現したにも関わらず、世界が滅ぶことはなかった。


メトゥスにはそれが出来ない理由があった。


そこに希望を抱き、レプスはゼノの声がする方を向いた。


「…私は嘘は言っていない。奴を倒す手段はない」


今まで饒舌だったゼノの口が急に重くなった。


何か隠していることがあるのは明白だった。


「会話しようって言ったのはアンタよ。答えて」


「…一人でも奴を覚えている者がいれば、奴は何度でも再生する」


レプスに促され、言い辛そうにゼノは言葉を続けた。


「逆に言えば、全ての人間がメトゥスを知らなければ存在できない」


「ッ! そうか、だから十年前から今まで暴れることが出来なかった」


十年間もメトゥスが大人しくしていたのはその為。


百年を経て、人々に忘れ去られたメトゥスは存在することが出来なかった。


恐怖を糧にするメトゥスにとって、それは致命的な弱点の筈だ。


「なら、メトゥスのことを知っている人がいなくなれば…」


「メトゥスに触れた者を皆殺しにするつもりか? そんなことをしても無駄だ。それは既に『騎士団が実践している』」


特異な性質や、アニマを持つ者を隔離して処刑する異端審問。


権力の暴走にも見えた行動は、元々メトゥスの情報隠蔽の為だったのだ。


百年の時を経て腐敗した今の騎士団では、誰も本当の理由を覚えてはいないだろうが。


「どれだけ情報を隠蔽しても、どれだけ目撃者を殺しても、どっかに感染者が出てくる」


「感染者…?」


「そう、感染者だ。最初の一人がメトゥスに寄生され、そこから恐怖は広がる。伝染病のように」


その言葉には諦観と共に怒りが込められていた。


それが何に対する怒りなのか、レプスには分からない。


「…最初の感染者『起点』が死ねば、恐怖の伝染は止まる。つまり、人々はメトゥスのことを忘れる」


「メトゥスを忘れるってことは、アイツが存在出来なくなるってこと?」


「そうだ。十年前はそうやって災厄が終わった。起点であるクルスが死ぬことで」


「ッ!」


思わずレプスは息を飲んだ。


十年前の災厄が終わったのは、クルスの犠牲の結果だった。


あの地獄の中でフェレスとレプスが生き残ったのは、クルスのお蔭だったのだ。


クルスを犠牲にして、生き延びたのだ。


「起点は恐怖のアニマ『メトゥス』を具現化している核のような存在だ。起点の恐怖心がメトゥスの力の源になる」


十年前の起点、クルスは死んだ。


現在のメトゥスを具現化している起点は、また別人だ。


「最初にメトゥスを知り、その名を呼んだ者が寄生される」


メトゥスの名前を知り、呼ぶことが出来た人物。


初めからメトゥスの姿を見ることが出来た人物。


「つまり、お前のことだ。レプス」


ゼノは呆気なく、真実を告げた。


レプスこそがメトゥスを具現化している起点であると。


十年前に世界の為に死んだクルスと同じであると。

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