六十二人目
燃え盛る森の中、一人の騎士が佇んでいた。
舞い散る火の粉を握った剣で振り払い、舌打ちをする。
「辺り一面火の海か…逃げ道はなさそうだな」
周囲の炎に負けない程の赤い髪を揺らし、騎士は自らの運命を悟る。
彼は民衆に英雄と謳われた騎士だが、その伝説は今日で終わりのようだ。
「…いや、元々逃げ道なんてないか。運命からは逃れられない」
自分の死を悟りながらも、騎士は獰猛な笑みを浮かべて前を向く。
炎の中から黒く巨大な影が現れた。
森を呑み込む程の長い身体に、金色に光る目。
『よく分かっているじゃねえか。そうさ、運命の前に人は無力な物さァ』
「…俺の恐怖が起点となって、お前を生み出してしまった」
『その通り。俺を想像してくれて感謝してるぜ、パパ。シシシシ…』
「その責任は俺が取らなければならない…来いよ、化物!」
騎士は剣を突き付け、怪物に叫ぶ。
怪物もまた、雄叫びを上げて身体を揺らした。
黒き蛇が騎士へ襲い掛かり、騎士は剣を振るって迎え撃つ。
生み出された無数の蛇の首を全て切り落とし、焼き払う。
その戦いは森が全て焼け落ちるまで続き、勝者はなかった。
『お前は一つだけ勘違いをしているぜ、赤鷲。確かに俺はお前の恐怖から生まれたが、今の俺を想像しているのは個人の恐怖ではない』
『今や俺は大衆の恐怖そのもの。起点のお前が死んだ所で、俺の存在は消えない』
『今は消えても、俺はいずれ蘇る。人々が俺を恐怖すれば、すぐにでも…』
「…ッ!」
突然の眩暈を感じ、レプスは思わず目を抑えた。
場所は小屋の外、そう遠く離れてもいない森だ。
葉が風で揺れる音を聞きながらも、レプスの心は休まらなかった。
「今のは…」
一瞬だけ、誰かの記憶が見えた。
白昼夢と呼ぶには体験談のように鮮明で。
幻覚の類ではなく、それが実際にあった事実というリアリティがある。
「赤鷲と…メトゥス…?」
呆然とレプスは呟いた。
登場していた赤鷲が本物であるなら、アレは百年以上前のことになる。
いや、そんなことよりもメトゥスは気になることを言っていた。
大衆の恐怖そのもの。
今は消えても、いずれ蘇ると。
それはきっと…
「何か、見えているようだなァ」
レプスの嫌な予感は叶えられてしまった。
その足下の影より這い出た怪物によって…
「め、メトゥス…!」
「今回は起点が複数いるとはいえ、やっぱコイツは特別ってことなのかァ?」
右腕がないメトゥスは、独り言のように呟くとレプスへ左手を翳した。
するとレプスの影から次々と蛇が現れ、その足へ絡み付く。
「安心しろ。殺しはしねえ」
黒い影がレプスの身体を包み込む。
朦朧としていく意識の中で、メトゥスの声だけがはっきりと聞こえた。
「お前は大切な起点様だからなァ。お前の恐怖が俺の存在を強固な物にする」
「今の感覚は…」
フェレスは小屋の外を睨みながら、呟いた。
重苦しく冷たい空気。
人の心に敏感なフェレスが感じる最も嫌な感情。
「まさか、メトゥス…!」
嫌な感覚がした方向を考え、フェレスはハッとなる。
急に立ち上がったフェレスを見て、ウルペースは首を傾げた。
「…神様、どうしたのぉ?」
「ウルペース、レプスはどこにいますか!」
「え? お嬢ちゃんだったら、外に散歩に…」
言い切る前にフェレスは小屋を飛び出した。
直感的に悪寒を感じた場所へ駈け出す。
しかし、全ては遅すぎた。
フェレスがその場へ辿り着いた時には、何一つ残っておらず、
レプスはどこにもいなかった。
フェレスはまた、間に合わなかったのだ。




