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メトゥス  作者: 髪槍夜昼
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六十一人目


乾燥した空気、強い日差しの暑い気候。


荒れ果てた大地が広がるニゲル地方では、一人の司祭が頭を悩ませていた。


灰色の祭服に身を包んだ、トンスラ男。


かつてムースに仕えていた男『ラピス』だ。


「食料は不足している…この痩せ細った土地は作物の栽培に適していない」


その記憶はフェレスによって消されているが、モルス教団自体は消えていない。


現在神を失った教団を指揮しているのは、ラピスなのだ。


「住む場所も足りない。問題ばかり、ですぞ」


ニゲル地方は、行き場を失った者が行き着く場所と呼ばれる。


帝国で災害が起こる度に、ニゲルに多くの人々が流れ着く。


ここは、帝国の墓場なのだ。


これまで秩序を維持してきたモルス教団も力を失った。


今では数少ない食料を巡って殺し合いが起き続ける、死の町となってしまった。


「………」


国に現状を伝えて支援を申し出るか…


しかし、十年前に帝国はアルブスを見捨てた。


そんな帝国がニゲルを助けてくれる筈もない。


アルブスの騎士団も同様だ。


民衆や帝国の為と謳っていながら、実際はアルブスしか守らない。


誰もニゲルを助けてはくれない。


「何だァ? 久しぶりに帰郷してみたら、随分変わり果てちまってんなァ」


背後から声がした。


懐かしむような、嘲るような笑い声が聞こえる。


「生まれ故郷が変わっちまうのは、悲しいねェ。一気に老けちまった気分だぜ」


ラピスの背中に冷たい物が走る。


その声を聞くだけで心が震える。


どんな無機質な人間の心にも宿る、純粋な恐怖。


心から零れ落ちた恐怖そのものが、背後に立っている。


「ま、故郷を焼き払ったのは俺なんだけど。シシシシ!」








「赤鷲は誰よりも熱烈だった。彼はどんな悪にも負けなかった…赤鷲は誰よりも苛烈だった。彼は些細な悪も迷わず滅ぼした」


フェレスは静かに呟きながら、本を捲る。


本の題名は、赤鷲の伝記だ。


「彼の強さに惹かれた者達は彼の下に集い、やがてそれは騎士団と呼ばれるようになった」


およそ百年前に実際に存在した人物。


騎士団の創設者。


「彼の人生は悲劇で幕を閉じる。帝国を大いなる災厄が襲った時、千の民を助けた後に命を落とした」


百年前に起きた災厄。


災厄で命を落とした英雄。


恐らく、伝記で語られない真実は…『メトゥス』


赤鷲は百年前にメトゥスと接触した。


そして、命を落とすことになったが、メトゥスを倒して帝国を救った。


そう、一度は倒された筈なのだ。


「…倒すことは出来たが、滅ぼすことは出来なかった?」


メトゥスは生物ではない。


生死で定義できないメトゥスは殺すことが出来ない。


病人を治しても、再発する可能性は消すことが出来ないように。


「………」


赤鷲は百年前に民衆を救っただけだった。


被害を最小限に抑えただけだった。


病人と言う目に見える結果は消えても、目に見えないウィルス自体は存在し続けるように。


メトゥスを完全に滅ぼすことが出来なかった。


「…だとすれば」


メトゥスを一度退けても根本的な解決にはならない。


今を抑えてもメトゥスは必ず再発する。


十年後か、それよりも早いか。


…決着を付けるには、まだ早い。


まだ、終わっていない。








アルブス地方。


騎士団本拠地、聖堂。


「アルブス全市民を確認した所、洗脳の影響が残っている者はいないようです」


若い騎士がアルブスの地図を確認しながら、報告をしている。


その言葉を聞いた年配の騎士は渡された地図を指さす。


「…このスラムも全て確認したのか?」


「え?…しかし、あそこに住んでいるのは貧民で…」


「彼らもアルブス市民だ。貧富で差別していては、あの貴族共と何も変わらないぞ」


忠告するような言葉だったが、以前までは年配の騎士も同じように貧民を差別していた。


騎士であることが特権階級のように感じ、貧民を虐げることが当然の権利のように感じていた。


選ばれた者だけが恵まれ、選ばれなかった者が虐げられる。


そんなアルブスの抱える歪みを表面化したのは、ゼノだった。


腐敗した貴族を粛清し、アルブスを身勝手に混乱させた暴走は、騎士団に自らの行いを自覚させた。


「………」


若い騎士が慌てて立ち去る姿を見送りながら、壮年の騎士は考える。


アルブスを混乱させたゼノは騎士団の監獄へ投獄されたが、間違っていたのは彼だけではない。


これからは変わらなければならない。


騎士団の本来の姿に。


赤鷲と共に帝国を救った頃の騎士団へ。


「…た、大変です!」


その時、物思いに耽る壮年の騎士の下に、先程の騎士が走ってきた。


「外を、聖堂の外を見て下さい!」


若い騎士に促されて、壮年の騎士は窓から外を眺めた。


そこには…

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