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メトゥス  作者: 髪槍夜昼
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五十九人目


「チィ! 目晦ましかァ!」


白い光から脱出したメトゥスは苛立ちながら、フェレスを睨んだ。


ボロボロで満身創痍の姿。


あんな死に損ないに一撃入れられた自分に腹が立つ。


すぐに殺してやる。


そう思い、メトゥスは右腕を振り上げた。


「…………………あ?」


呆然とした声が出た。


肩に違和感を感じる。


身体が妙に軽い。


腕の感覚が、ない。


…右腕がない。


「…あァ?……ああああああああああァ!?」


消滅した右腕を見て、メトゥスは絶叫した。


メトゥスの右肩から先が跡形もなく、消えている。


切り裂かれようが、焼かれようが再生する筈のメトゥスの身体が復元しない。


メトゥスを構成する恐怖心ごと、削り取られてしまっている。


「一体何をした! 俺の身体に、何をしやがったァ!」


肩を抑えながら、メトゥスはフェレスを見た。


声には怒りと共に焦りの感情が見える。


「その能力は何だ! そんなアニマ、俺は知らねえ。知らねえぞ!」


全てのアニマはメトゥスが生み出した。


十年前にメトゥスがアニマを植え付けた者は…『六人』だった筈だ。


七人目は知らない。


メトゥス自身を脅かすアニマを、作り出す筈がない。


「恐怖しているか? 人の心に」


取り乱すメトゥスを見て、フェレスはボロボロの顔に笑みを浮かべた。


そう、メトゥスは恐怖していたのだ。


自分の知らないアニマに。


自分を脅かす脅威に。


見下していた人間の力に。


「…殺す」


静かな殺意だった。


一切の油断もない、純粋な殺気がフェレスに向けられる。


その憎悪に呼応するように、メトゥスの影が不気味に蠢いた。


「恐怖に呑まれろ!」


メトゥスの影が急速に膨張する。


仮初の肉体から、黒き大蛇の影が噴き出す。


メトゥスが本来の姿へ戻ろうとしている。


幽鬼のように曖昧な存在が、完全に具現化する。


「…それは、憎しみか?」


フェレスでも、メトゥスでもない声が聞こえた。


具現化しかけていたメトゥスの身体が、紅蓮の炎に包まれた。


黒い影を吹き飛ばすように、熱と音の爆弾がメトゥスを襲う。


不安定な状態で不意打ちを受けたメトゥスは声すら上げずに煙の中に消えた。


「既に俺を殺したと油断していたな。仮にも俺は、かつてお前を倒した赤鷲の末裔だぞ」


先程まで倒れていた男、赤鷲は煙の向こうを睨みながら呟いた。


「赤鷲…生きていたのですか?」


「見ての通りだ。死に掛けなのはお互い様だがな」


重度の火傷を負った身体を見下ろし、赤鷲は自嘲するように言った。


今は自分の足で立てているが、それもいつまで持つか分からない。


「生きていたなら、何で死んだふりなんか…」


赤鷲の傷を見て、心配そうな顔をしながらレプスは言う。


「憎しみのない奴と俺の相性は最悪だからな。仕方なく死んだように見せかけて機会を窺っていた」


その結果、追い詰められたメトゥスが憎悪を抱いた隙をつき、不意打ちに成功した。


予想外の損傷を負った後の不意打ち。


メトゥスは更に追い詰められている筈だ。


「フェレス、俺は聖堂で歴史を見た。騎士団の………いや、この世界の歴史を」


「赤鷲…?」


「騎士団は一匹の怪物を倒す為に結成された組織だ。今では異端を狩る理由を覚えている騎士もいないが…その役目は変わらない」


煙の中から獰猛な視線を感じる。


目の前にいる手負いの怪物こそ、百年前に赤鷲に倒され、赤鷲を殺した者。


この怪物を倒すことこそが、赤鷲の宿命。


「ずっと探していたんだ。俺が生まれた理由。俺が選ばれた理由…その答えが、コレだ」


赤鷲は拳を握り、前へ駈け出した。


「何をごちゃごちゃ言ってんだァ! コラ!」


同時に煙を掻き切り、人型へ戻ったメトゥスが現れる。


影を杭に変えて投擲するが、赤鷲は足を止めない。


腕に足に胸に、至る所に杭が刺さっても動きを止めないままメトゥスの左腕を掴んだ。


「あァ!? テメエ、触るんじゃねえ! 放せ!」


メトゥスはすぐに振り解こうとするが、右腕が消滅したことで思うように身体が動かせない。


それを理解しているのか、赤鷲は珍しく嘲笑を浮かべた。


「残念だったな、怪物。復活して早々で悪いが、まだ眠ってもらうぞ」


「は。オディウム程度で俺が殺せると思ってんのか!」


「その通りだ。何故なら、このアニマはかつてお前を殺した赤鷲の能力…」


赤鷲の身体から十の光の球が出現する。


赤く光る球体は、赤鷲とメトゥスの周囲をグルグルと回り始めた。


初めて見る物体だが、特殊なアニマを持つフェレスには正体が分かってしまった。


アレは全て、赤鷲のオディウムだ。


一つで人を無力化できる爆弾が十個も具現化している。


あの至近距離で、十倍の火力。


恐らく、赤鷲は逃げる気がない。


即ち、メトゥスと心中するつもりなのだ。


「自己犠牲などと思うなよ。俺は自分の人生の価値を果たすだけだ…満足している」


「ッ! レプス!」


その決意の込められた言葉を聞いて、フェレスは急いでレプスの腕を引いた。


自身の背に隠し、満身創痍の身体に鞭打って白い爪を具現化する。


「チクショウ! 放せ、放しやがれェ!」


「爆ぜろ、オディウム」


赤鷲を中心に、隕石が落ちてきたような地響きが起きた。


暴力的な光と音の波。


全てを焼き尽くす熱と衝撃が、周囲の建物を塵に変える。


世界から消えていた音が、静かに戻る。


「………」


大きく展開した白い爪を解除し、フェレスは前を見る。


爆発が収まった後、そこには何も残ってはいなかった。


死体すらも。

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