五十八人目
「おらァ! お前のアニマを見せてみろォ!」
言葉と共にメトゥスの影から蛇が飛び出す。
黒い矢のように放たれる蛇を、フェレスは白い爪で切り裂く。
「まだまだまだァ! こんなもんじゃ満足できねえ! 欲求不満だぜェ」
「………」
次々と放たれる蛇を防ぎながら、フェレスはメトゥスを観察する。
他人のアニマを盗み取る能力。
複数のアニマの同時使用。
メトゥスの持つ能力はアニマと呼ぶには、異質すぎる。
全てのアニマを生み出し、災厄を起こす程の力など人間を超えている。
「これならどうだァ? 恐怖の…拡散!」
叫び声を上げた瞬間、メトゥスの姿が影に溶けた。
最初からそこに居なかったかのように、跡形もなく消えてしまった。
「………どこに」
「こっちだよォ」
聞こえた声と共に背後から衝撃を受ける。
背中に走る熱と激痛に耐えて、フェレスは咄嗟に距離を取った。
笑みを浮かべて背後に立っていた者は、消える前と何も変わらないメトゥスだった。
「ッ…」
背中に刺さっていた黒い杭を引き抜きながら、フェレスは眼前を睨む。
気配も何も感じなかった。
透明になった訳でも、高速で動いた訳でもない。
一度世界から完全に消えて、再び世界に出現した。
アニマで具現化できるのは、自身の心のみ。
姿形程度ならともかく、存在そのものを変質させるなど不可能だ。
「シシシシ…」
メトゥスは不気味に笑う。
「………」
ウィーペラと呼ばれる者達がいた。
心がアニマに耐え切れず、肉体とアニマが一体化してしまった失敗者達。
彼らも肉体とアニマの境界線が曖昧であるが故に、人間離れした能力を持っていた。
メトゥスの能力はそれを超えている。
つまり…
「お前は人ではなく…アニマ、そのものなのか?」
アニマ寄生者ではなく、アニマそのもの。
人ではない、怪物。
心を具現化する『生きているアニマ』
それこそが、フェレス達を苦しめる呪いの正体。
「少し俺を理解してきたようだなァ。その通り、俺はメトゥス。恐怖を具現化するアニマだ」
メトゥスの身体が不気味に揺らめく。
確かにそこにいる筈なのに、どこか曖昧。
黒い青年にも巨大な蛇にも見える影。
どこにでもいるが、どこにもいない。
「俺は夜の風。俺は柳の木。俺は…形なき恐怖」
具現化した空想上の怪物。
人の恐怖心こそ、メトゥスの本質。
「恐怖に形はねえ。ほォら!」
メトゥスが指を鳴らすと、恐怖が新たな『形』を取った。
鋭い棘に覆われたサボテンのような植物が、地面から生えてくる。
紫に変色したサボテンは生物のように蠢き、フェレスを取り囲む。
「これは…!」
「ご堪能あれ…『苦悶の棘』」
合図と共に全てのサボテンが弾けた。
それは千を超える棘の爆弾。
空を覆う棘の雨。
その数の暴力の前に、爪しか持たないフェレスは無力だった。
「ぐ、ああああああ…!」
全身に棘が突き刺さり、絶叫するフェレス。
長い棘は服も易々と貫通して、フェレスの肉を抉る。
悪趣味なのは棘自体は細く、出血も殆どないことだ。
命を奪わず、あくまで痛みだけをフェレスに与える拷問。
「ご満足頂けたようで何よりだ。くはははは!」
激痛にのた打ち回るフェレスを見て、メトゥスは腹を抱えて笑った。
無力なフェレスの身体を蹴り付ける。
痛覚が刺激されているフェレスはそれだけで絶叫した。
「痛いか? 怖いか? もっと叫べ、もっと怯えろ! この俺に余裕ぶった顔を見せるんじゃねえ!」
前々から気に喰わなかった。
何に対しても取り繕った笑みで騙し、感情を見せないこの男が気に喰わなかった。
怪物に怯え、恐怖することこそ人間の本質。
メトゥスに恐怖しない人間など在ってはならない。
「フェレスから離れなさい、メトゥス!」
その声と共に飛んできた氷柱を見て、メトゥスは動きを止めた。
氷柱を構えながらメトゥスを睨むレプスの方を振り返り、深い笑みを浮かべる。
「シシシ…その点で言えば、お前は優秀だ。臆病で悲観的…実に俺の役に立ってくれたァ! 騎士団から逃がしてやったのは正解だったよ」
鼻歌でも歌いそうな程に機嫌良く、メトゥスは言う。
「散らばっていたアニマ寄生者達を集め、邪魔だった騎士団も潰してくれた。姉妹揃って扱い易い………これだから、心の弱いガキは好きだぜ」
「私達は…私達は、アンタの玩具じゃない!」
怒りに任せて、レプスは次々と氷柱を放つ。
段々と増していく自身の能力に気付かず、全力でメトゥスを攻撃する。
「俺の一部で俺自身を殺せる訳ねえだろ!」
氷柱を素手で砕き、メトゥスは手に巨大な氷柱を生成する。
レプスとは桁違いの『マエスティティア』
同一のアニマでありながら、次元が違う。
「お前達は俺が存在する為の道具だ。道具が俺に逆らうんじゃねえよォ!」
氷柱を持った腕を大きく振りかぶるメトゥス。
レプスの身長よりも大きな氷柱を投擲する。
突き刺さる所か、そのまま身体を押し潰してしまいそうな質量が放たれる。
その時だった。
「…………あ?」
振り上げたメトゥスの腕を掴む手があった。
少し力を入れただけで振り解けそうな程、弱弱しい手。
満身創痍のまま立ち上がったフェレスの手だった。
「……………」
言葉を発する力すら残されていないにも関わらず、フェレスはその手を離さない。
その行動にメトゥスは嘲笑を浮かべた。
「無駄だ無駄だ。人の空想を否定する程度のアニマで、俺は殺せねえよ」
ぱちぱち、と火花のような音がフェレスの手から鳴る。
悪あがきにすらならない児戯だ。
すぐに止めを刺す。
「…僕の、ヴァニタスは…アニマを…壊す…」
自分に語り掛けるように朦朧とした意識でフェレスは言う。
「例え、それが…生きているアニマでも」
瞬間、白い爆発がメトゥスを包み込んだ。




