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メトゥス  作者: 髪槍夜昼
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五十七人目


「メトゥスの、蛇…?」


「それって…」


フェレス達は目の前で笑う男を見る。


レプスの本に記されていた『名前』


その名を持つ怪物を見つめる。


「さあ、死に直せ。我が起点達よ!」


メトゥスの黒い姿が揺らぐ。


地面を引き摺るマフラーが生物のように蠢き、宙を舞う。


蛇のような不規則な黒い軌跡を描きながら、硬質化した先端が目標に迫る。


「まずはお前だ。ラーナちゃん!」


黒い凶器の先にいたのは、ラーナだった。


一番アングイスと付き合いが長い故にショックから立ち直れずにいたラーナをメトゥスは無慈悲に狙う。


防御のアニマを展開する余裕もなく、硬質化したマフラーが身体を貫いた。


「ぐ…がはっ…」


ラーナを庇おうとしたムースの身体を…


マフラーは鉄杭のようにムースの胸を突き破った。


「あーらら。外れちまった。でも、まあ…」


ムースの軽い身体が、ラーナの前に倒れる。


吐血で汚れたムースの顔をラーナは見てしまった。


「あ…あああ…!」


「イイ表情だァ。シシシシ!」


ショックのあまり、アニマをでたらめに展開するラーナを見てメトゥスは笑みを浮かべた。


ラーナの心が伝わってくる。


悲壮。絶望。恐怖…そんな感情が心地よい。


「シシシ…あ?」


笑うメトゥスの足が突然凍結し始めた。


冷たい感情を冷気に変える能力。


コレは悲哀のアニマだ。


だが、これを植え付けた者はここまで扱いきれていなかった筈。


「動かないで!」


「…なるほど。俺の覚醒が、お前達にも影響を与えてんのか」


冷気が漂う腕を向けたレプスの姿に、メトゥスは一人頷く。


足に纏わりついていた氷を蹴り砕き、先程より深い笑みを浮かべた。


「楽観主義と悲観主義。姉妹でここまで正反対なのも珍しい…くくく、これなら姉の方がマシだな」


メトゥスの輪郭が歪んでいく。


アングイスと名乗った青年の姿から、伝説に語られる黒き怪物の姿へと。


「どうせなら姉の方を生かしておくべきだったか。シシシシ、十年前に殺すんじゃなかった」


「アンタが…! 姉さんも、皆も…全部!」


「そうさ。俺はメトゥスの蛇。人の恐怖を喰らって生きる怪物さ」


メトゥスは近くに倒れていた赤鷲を掴み上げた。


「臆病な人間にとって世界とは憎悪の対象だ。恐怖するからこそ、人を憎む」


赤鷲の身体を物のように放り投げる。


気絶した赤鷲の身体が地面を転がった後、チリチリと光り出した。


「そして、憎しみはやがて自らを焼く」


瞬間、赤鷲の身体が爆発した。


破裂した感情のように、跡形もなく凄絶に千切れ飛ぶ。


人体がバラバラになる光景にレプスは思わず、目を背けた。


「目を背けるんじゃねえよ。俺を見ろ」


叫ぶメトゥスは今度はラーナを吊し上げていた。


髪を掴まれたラーナの小さな身体は、宙に浮いている。


「そうだそうだ。よく見ておけ」


髪を掴んでいない方のメトゥスの腕が、メキメキと変化する。


右腕の肘から先が変化したのは、ギロチンだった。


光を反射する刃を見て、レプスの顔が青ざめる。


「や、やめ…!」


「胴体と泣き別れの時間だぜェ!」


レプスが止める間もなく、メトゥスは右腕を振るった。


無慈悲な凶刃がラーナの首を薙ぎ払う。


鮮血が噴水のように宙を舞った。


「シシシシ! そうだ、もっと恐怖しろ!」


軽い音を発てて落ちる首を見て、レプスは目を覆った。


次々と命が失われていく。


黒き怪物によって仲間の命が奪われていく。


それは、まるで前世をなぞるような『悪夢』だった。


「ヴァニタス!」


その時、全てを掻き消すような声が響いた。


白い光が守るようにレプスを包み込むと、周囲の風景が一変していた。


赤鷲は五体満足の状態で地面に転がっており、ラーナの首も繋がったままだった。


先程まで笑っていたメトゥスの顔が僅かに曇る。


「チッ、折角面白い夢を見させていたのに」


夢。


たった今、レプスが体験していた凄惨な殺戮は夢だったのだ。


悪夢を支配する能力。


ムースのアニマ『ソムニウム』


「…ムースのアニマを盗み取ったのですか」


フェレスは倒れているムースを一瞥し、メトゥスを睨む。


アングイスを名乗っていた頃から使っていた能力。


他人のアニマを盗み取るアニマ。


おまけに、ムースよりも使い方が強力だ。


「盗む…ってのは正確じゃないな。元々アニマってのは俺から派生したモンだ。返してもらうってのが正確かなァ!」


叫びながらメトゥスは右腕をギロチンに変化させる。


それは、自身の姿を変える能力。


ウルペースのアニマ『イリテュム』だ。


全てのアニマはメトゥスより生まれた物。


故にメトゥスは全てのアニマを使うことが出来る。


メトゥスと戦うと言うことは、自分のアニマと戦うことに等しい。


酷薄な笑みを浮かべて、メトゥスはギロチンを振り上げた。


「…私の真似をしないでくれるかしらぁ」


瞬間、メトゥスの背後からウルペースが襲い掛かる。


手に持った短剣を構え、無防備な背中を狙う。


「うぜェ!」


瞬時に反応したメトゥスのギロチンがウルペースの首を斬り飛ばす。


しかし、首を斬られてもウルペースの動きは止まらない。


首を失ったウルペースが合図を出すと、十数人のウルペースがメトゥスを囲むように出現した。


「「「私のイリテュムはこうやって使うのよぉ。分かったかしらぁ?」」」


分身したウルペースが同時に言う。


姿を変える能力の応用。


それは長い間、能力と向き合ってきたウルペースが編み出した応用だ。


「…人の力を盗み取るだけの俺にはない。成長と言う名の人間の強さか」


感動したようにメトゥスは顔を覆った。


感極まって震えながら、口を開く。


「…なーんて言うと思ったか! ドヤ顔してんじゃねえよ、この露出狂が!」


叫びながらメトゥスは荒々しく地面を蹴り付ける。


すると地面に映るメトゥスの影が震え、形が変化していく。


夥しい数の蛇へと変化する。


「まさか、自分の影を…!」


「シシシシ、アニマってのはこうやって使うんだよォ!」


メトゥスの影が弾けた。


放たれた矢のような速度で、影の蛇はウルペース達へ襲い掛かる。


「ッ…!」


地面から飛び出した立体的な影は全てのウルペースを同時に貫き、その肉を深く抉った。


偽者がバラバラに消えていく中、本体だけが力なく倒れる。


「自らを偽り、他者を騙すのも恐怖だ。人は恐怖を超えられない…」


メトゥスは笑いながら、倒れるウルペースに近づく。


「故に誰も恐怖(メトゥス)には打ち勝てねえ!」


恐怖するからこそ世界を憎む。


人を恐れるが故に孤独になる。


恐怖から逃れる為に自分を偽る。


能力が強化されても、その心に恐怖が残る限り、恐怖を克服することは出来ない。


そして、恐怖を持つ者に恐怖の権化であるメトゥスは倒せない。


「シシシシ…次はお前か?」


メトゥスは余裕の笑みを浮かべて、目の前の男を見た。


白い服装に身を包んだ黒いメトゥスとは対照的な男。


「…タブラ=ラーサの爪」


「シシシ…さあ、フィナーレと行こうかァ!」


白き爪と黒き蛇。


虚無と恐怖。


正反対の力が、真正面から激突した。

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