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メトゥス  作者: 髪槍夜昼
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五十一人目


少女を中心に死体が転がっている。


幼馴染の少年も、


慕っていた姉も、


優しかった父親も、


大好きだった皆が死んでいる。


皆、殺された。


『アイツ』から少女を守ろうとして、殺された。


一人死ぬ度に涙を流す少女を嘲笑いながら『アイツ』は皆を殺した。


もう誰もいない。


涙は既に枯れていた。


少女は護身用に持たされていたナイフを取り出す。


初めから、こうすれば良かったのだ。


そう最期に呟き、悲哀の少女は自身の首を掻っ切った。








「…ッ!」


聖堂を目指して走る中で、レプスは思わず足を止めた。


今、一瞬だけ頭に流れた光景は何?


少年や少女の死に涙を流し、絶望の末に自害する見知らぬ少女。


白昼夢にしては妙に現実感がある感覚。


失っていた記憶とは違う。


明らかにレプスの記憶ではなく、違う誰かが体験したことだ。


「レプス、どうしました?」


「…ううん。何でもないわ」


心配そうなフェレスに大丈夫だと告げる。


こうしている間にもアルブスは甘い匂いのする紫煙に包まれている。


こんな異様な光景を見続けたことで、自分が思っている以上に疲れが溜まっているのかもしれない。


「二人とも、前を見た方がいいわよぉ」


警戒を促すようにウルペースが言った。


足を止めたフェレス達を囲むように、人影が集まってきていた。


今度はウィーペラではない。


まともな人間だ。


裕福な格好をした老人、


貧しい格好をした少女、


騎士服を纏った男、


商人の服を着た女、


性別も年齢も貧富も関係なく、様々な人間が近づいてくる。


幽鬼のようにぼんやりとした表情で、フェレス達を見る。


「この人達、アルブスの住人よ。何人か見たことある顔があるわぁ」


「明らかに正気ではありませんね」


二十人程の集団の中には、幼い子供もいる。


不似合いな短剣を握り、何も見えていないような目を前に向けている。


薬を使ったのか、何か別の方法かは不明だが、心をゼノに支配されている。


アルブスからは人が消えていた。


恐らく、アルブス中の人間が支配下に置かれたと考えていいだろう。


正しく、アルブスの全てを敵に回したのだ。


フェレス達が身構えた所で、ムースが一歩前に出た。


「ここは俺の出番だな」


「…何をする気ですか?」


「俺の能力を忘れたのか?」


そう言うと、ムースは手を翳した。


意志薄弱な者達へ右手を向ける。


「意識がねえってのは、眠っているってことだ」


住人達の身体が痙攣するように震える。


操られた子供が短剣を取り落した。


「開け、ソムニウム! 引き摺り込め!」


見えない手が伸び、住人達の意識を奪っていく。


ムースの悪夢に取り込まれた者から、次々と倒れていく。


「ぐ、がが…!」


その中の一人が抗うように頭を抑えた。


他の者も何かに操られたように抵抗する。


「無駄だ無駄だ。俺様の悪夢からは逃れられねえよ!」


ムースが一つ指を鳴らすと抵抗していた者達が全て倒れた。


「俺様のソムニウムは最大のアニマ。舐めてんじゃねえぞ!」


手を広げ、ムースは更に効果範囲を広げる。


思わず昔の口調に戻るムースにフェレスは苦笑した。


「…操られた住人は町中にいるようだ。俺様が片っ端から悪夢に引き摺り込んでやる!」


「アルブスをアニマで覆う気ですか?」


「元神を舐めんなよ。それぐらい楽勝だ!」


その影響範囲、持続時間に関しては他を引き離すソムニウムだ。


ムースの言葉が誇張ではないことは、フェレスがよく分かっていた。


「死ぬんじゃないですよ。君が死ぬと、レプスが悲しむ」


「言うと思ったぜ。変わらねえなぁ、そういう所」


それだけ会話をすると、フェレスはすぐに立ち去った。


レプス達もその後を追っていった。


残ったのはムースと…ラーナだけだった。


「心配して残ってくれたのか?」


「………」


何も言わないラーナにムースはニヤッと笑みを浮かべた。


「ははは、楽勝過ぎて退屈になることだけが心配だったんだ。話し相手がいるのは正直有り難いぜ」








「…あれぇ? そういえば、赤鷲君は?」


「アルブスに突入した直後からいなかったよ。今頃気付いたの?」


走りながらきょろきょろと辺りを見回すウルペースにレプスは呆れる。


確かに無口な所がある男だが、アレだけ目立つ赤鷲が消えたことに今更気付くなど。


「元々仲良く騎士団を倒しましょうって約束した訳ではないですし。独断ルートで聖堂に向かっているのではないですか?」


「それならすぐに会えるわねぇ」


足を止めずにウルペースは笑みを浮かべた。


アルブスの地理はウルペースの頭に入っている。


その中でも最短ルートで聖堂まで三人は走ってきた。


そろそろ聖堂が見えてもおかしくない所までフェレス達は来ていたのだ。


「立ち、止まれ!」


その時、再度フェレス達の行く手を阻む影が現れる。


統一された剣を握った男達。


白い生地に黒い蛇が描かれた騎士服を着た者。


「…いい加減、その制服も見飽きたわねぇ」


それはアルブスの聖堂を守る騎士達だった。


傲慢ながらも正義を志していた以前の姿は失われ、理性のない目でフェレス達を見ている。


「異端は、処刑だ。斬首、刑だ」


「悔い、改めよ。化物、共」


壊れた人形のように騎士達は言う。


住人達よりは心が残っているようだが、正気とは言い難い。


「僅かに意識を残すことでムースの能力から逃れているようですね」


「それじゃあ、戦うしかないってこと?」


騎士達の数は十人程度で、先程に比べればずっと少ない。


だが、さっきの一般人と違って騎士は訓練を受けた戦士達だ。


純粋な身体能力はフェレス達以上だろう。


「順番的に、次は私かしらぁ」


軽い調子でウルペースは言った。


足元の小石を蹴り上げながら、レプスの方を向く。


「大丈夫なの?」


「あんな男達程度、大丈夫よぉ。お姉さんに任せて行きなさいなぁ」


宙を舞う小石を握り締め、ウルペースはフェレスに合図を出す。


意図を掴んだように、フェレスは頷いた。


「それじゃ、行ってらっしゃい」


言葉と共にウルペースは小石を投擲した。


騎士達の中心に落ちた瞬間、小石は急激に膨張する。


「ッ!」


「なん…!」


巨大な象に似た生物は騎士達の不意を突き、全員の注意を逸らす。


その隙を突き、フェレス達は聖堂へ走り去って行った。


「おーし。名付けて『びっくり象丸作戦』成功ぉ!」


まんまと出し抜かれた騎士を馬鹿にするようにウルペースは叫んだ。


それに対し、騎士達は嘲笑を浮かべた。


「お前、一人で戦う、気か?」


「愚かな、化物だ。そんな細い体、で俺達の剣を、受けられるか」


げらげらぎちぎちと歪な笑い声を上げる騎士達を見て、ウルペースは表情を消した。


静かに胸に手を当て、敵を見据える。


「アニマとは心の力。必要なのは、腕力ではなく強固な意志」


ウルペースの輪郭が歪み、姿が変わっていく。


「知りなさい、亡者共。本当の心(アニマ)ってやつを見せてあげるわぁ」

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