五十人目
白きアルブスは紫掛かった煙に包まれていた。
富裕層の為に作られた綺麗な街並みは存在しない。
横柄に大通りを歩く貴族の姿はなく、
裏路地で暮らす浮浪者すら姿を消した。
隠されていたアルブスの歪みが浮き彫りになったかのように、異様な雰囲気がアルブスを支配していた。
決着を付ける為に訪れたフェレス達を待っていたのは、人の声すら聞こえない静寂だった。
「これは、一体…」
変わり果てたアルブスを見て、レプスは思わず呟く。
声にこそ出さなかったが、他の面々も驚愕に目を見開いていた。
レプスやフェレス達の記憶にあるアルブスとは似ても似つかない光景。
建物こそ変わっていないが、貴族も貧民も騎士もいない町。
『愚かな諸君、私のアルブスへようこそ』
紫煙の中から、冷たい声が響いた。
因縁深い者の声にフェレスは表情を消す。
「町一つ支配して、王様気分ですか?」
口調だけはいつも通りの様子を振舞いながら、フェレスは言う。
その目に宿る憎悪は今も変わっていない。
『…そうだな。貴族からアルブスを取り返して今は気分が良い。お前たちが今すぐ出ていくと言うなら追わないと約束しよう』
「随分と嘘くさいわねぇ。今の今まで私達を目の敵にしていながら」
『それは貴族連中を欺く為だった。こちらの事情も少しは知っているんだろう?』
ウルペースの言葉にまるで見えているかのようにゼノは答える。
あくまで争うつもりはない、と。
『既にメトゥスは始まった。お前たちも失っていた記憶を少しずつ取り戻している筈だ。私達が争う理由などない』
「理由ならあるぜ。お前には聞きたいことが山ほどあるんだ」
見えない相手を睨むように、ムースは言った。
今までアニマ寄生者達を苦しめ、利用し続けてきた男の言葉など信用できない。
ゼノの計画。現在起こっている異変。アニマの正体。
フェレス達が聞きたいことはいくらでもある。
子供騙しの説得を受けた所で、今更引き返せない。
「ゼノ、十年前の決着を付けましょう」
フェレスは感情を込めず静かに告げた。
抗い続ける彼らの態度に、ゼノは深いため息をついた。
『…いずれ滅びる身の上。最期の瞬間くらいは幸福に生かしてやろうと思ったのに』
凍えるような冷たい声で言うと同時に、紫煙の中で影が動く。
『好きにすると良い。この終わってしまった世界より先に、滅びろ』
それは十数の赤い影。
ぶよぶよとしたゼリー状の赤い蛇。
ウィーペラと呼ばれた怪物だった。
レプス達と同じアニマを植え付けられながらも、心がそれに耐えられなかった『脱落者』
「まだこんなに…!」
ウィーペラ達は流動的な肉体を変化させて、臨戦態勢に入る。
心もなく、形もない者達はゼノの敵へ殺意を向ける。
その身体が弾ける前に、レプスは両手を前に突き出した。
「こいつらは私の能力で凍らせちゃえば…」
「いや、俺がやるよ」
レプスの言葉を遮るように、アングイスが前に出た。
その手にはレプスと同じ冷気のアニマが宿っている。
「悲哀ちゃん一人でアレを全部相手にするのは無理だよ。能力を借りて俺がやる」
「一人で足止めする気ですか?」
「アレには物理的な攻撃は通用しない。特に君は相性最悪でしょ?」
アングイスは笑みを浮かべながらフェレスに言った。
フェレスは何も答えない。
ウィーペラの前ではフェレスでさえ足手纏いにしかならない。
対処できるアングイスに任せ、操っているゼノの下へ急ぐことが最善である。
「運命に決着を付けるんでしょ? なら、君も悲哀ちゃんも行かなくちゃいけない」
けらけらと笑いながら言うと、今度はムースに目を向ける。
「そっちの僕ちゃんも、ラーナのことを任せたよー」
「その台詞、死ぬ前みたいだぜ」
「えー、ひっどいなー…」
最後までふざけた調子を崩さず、アングイスは両手を広げる。
周囲の気温が急激に下がり始めた。
「そう言う訳だから、先に行きな。後で追いつく」
「だからそう言う台詞が…」
「いいから行く! あ、でもお兄さんが見ていない隙にラーナにエッチなことするのはダメだからね!」
瞬間、ウィーペラが一斉に襲い掛かる。
その全ての攻撃を凍結させながら、アングイスは片手を振った。
それと同時にフェレス達は駆け出し、アルブスの奥へ去って行った。
向かう先は、騎士団の本拠地…『聖堂』




