四十九人目
現代。
カエルレウス地方、フェレスの小屋にて。
「恐らく、ゼノにとって重要だったのはレプスではなく、レプスの本に書かれていた『名前』だったのではないでしょうか?」
ホットミルクを飲みながら、フェレスは言う。
「でも、だったら何で本を盗まなかったのかしら?」
その隣でクッキーを食べながら、レプスは首を傾げる。
「きっと悲哀ちゃんが読まないといけない理由があったんじゃないかな?」
少し離れた所でリンゴを齧りながら、アングイスが呟く。
「確かに、私達が見た時には何も書かれていなかったわねぇ」
その後ろでチョコレートを食べながら、ウルペースが頷く。
「………」
部屋の隅でハーブティーを飲みながら、ラーナは周りを眺めていた。
五人がそれぞれの意見を出し合う様子を見て、ムースは頭を抑えた。
「ちょっと。ちょっとちょっと! 何でいつも通りになってんだよ!」
ヒステリック気味にムースは叫ぶ。
リラックスしていた五人は訝しげな顔でムースを見た。
「何で誰もコレに触れないんだよ!」
ムースはバンバンと机を叩きながら、隣に座る男を指さす。
赤い翼のような羽根マントに身を包む大柄な男。
十年前の災厄を引き起こし、ムースやフェレスを攻撃した『赤鷲の末裔』
その男は今、のんびりと椅子に座ってマントの羽根を数えていた。
「敵だろ! 敵だよね! つーか、こう言うのはレプスの役回りだろ!」
少し壊れたテンションでレプスを指さすムース。
指名されたレプスは困ったように頬を掻いた。
「え。だって兄さ…じゃなかった、フェレスが良いって言ったことだし」
「カミングアウトされた途端、従順な妹キャラか!」
『幼少期の憧れの人がフェレスと同一人物』と言う事実は、それだけ重要なことだったようだ。
肝心のフェレスに目を向けるムースだが、相変わらずリラックスした様子を崩さない。
「レプスに危害を加える意志がないのなら、他はどうでもいいんですよ」
「だからって、コイツは災厄を起こした男なんだぞ!」
「それに。ゼノや騎士団を相手にするなら、彼以上の戦力はない」
冷静なフェレスの言葉に、ムースは口を閉じる。
確かに、その点だけは理解できた。
身を以て思い知った赤鷲の実力。
怒りや憎しみを少しでも向けた者を瞬時に無力化するアニマ。
アニマに強弱があるなら、間違いなく彼は最強のアニマ寄生者だろう。
「信用できねえ…」
「信用する必要もないでしょう。彼が騎士団を引っ掻き回すことだけを期待すればいい」
取り敢えずそれで無理矢理自分を納得させ、ムースは赤鷲を一瞥した。
「これからは二人目さんもお仲間ねぇ。私はウルペース、ウルちゃんって呼んでもいいのよぉ」
「そうか。俺のことは赤鷲と呼んでくれ、ウルちゃん」
「うわぉ。あなたって意外と天然さんねぇ、赤鷲君」
真顔でちゃん付けで呼ばれ、驚いたようにウルペースは言う。
緩い雰囲気の中、赤鷲も緊張感のない様子で首を傾げた。
「赤鷲君はどうして騎士団に協力していたの?」
「俺を再び赤鷲と祀り上げることを約束したからだ」
「………それだけ? そんな口約束だけを信じたの?」
「俺はそれだけの為に今まで生きてきたんだよ、ウルちゃん」
ウルペースは呆気に取られる。
災厄を引き起こし、大量虐殺を行った男がどんな人物かと思えば、
ここまで純粋で空虚な人間だったのか。
「それもゼノに貴族を皆殺しにされて、全て台無しだがな」
「ゼノ…」
ウルペースは思わず、フェレスへ目を向けた。
十年前にフェレスの友達を殺した因縁の相手。
レプスを使って記憶を取り戻し、アルブスを支配していた貴族さえも出し抜いた。
普通の人間だが、その狡猾さは人間離れしている。
『アニマに屈服した失敗者』を利用するなど、アニマに対する知識はフェレス達を超えている。
「…コレも、十年前に何も出来なかったツケなのでしょうか」
何かを堪えるように目を閉じながら、フェレスは言った。
クルスを守れず、ゼノからも逃げ出したことを後悔するように告げる。
「運命だよ」
レプスがその言葉を否定しようと口を開く前に、アングイスが言った。
アングイスは少し真面目な声で、フェレスの方を向く。
「人には運命がある。君と悲哀ちゃんが再会を果たしたことが運命なら、ゼノと再会したことも因縁と言う名の運命なのさ」
齧りかけのリンゴを呑み込みながら、アングイスは笑った。
「運命に決着を付けるんだ。それが勝利であれ、敗北であれ、決着は必ず存在する」
「………」
決着を付ける。
十年続いた因縁に、終止符を打つ。
「…アルブスへ行こう」
フェレスは静かに言った。




