四十七人目
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『十年前』
「…何だ?」
赤鷲の少年は聖堂の異変に気付いた。
寝室のベッドから起き上がり、辺りを見回す。
声が聞こえる。
叫ぶような怒声。
この世の全てを憎むような怨嗟の叫びだ。
「どこから………下か?」
冷たい床を見つめ、赤鷲は呟く。
声は下から聞こえてくる。
赤鷲のいる聖堂の下から這いあがってくる。
ざわざわと嫌な予感がする。
言葉に表せない感情。
聖堂の地下に何かがいる。
恐ろしい存在が。
『これは懐かしい。お前、アイツの子孫かァ』
その時、耳元から声がした。
ゾッとする程に冷たい声が囁く。
赤鷲はその場から一歩も動けなかった。
その声の主を見たら、そのまま死んでしまうような気がした。
生まれて初めて、死の恐怖と言う物を実感した。
『丁度良い。なら、お前が二人目だ』
首筋に冷たい物が触れる。
痛みは一瞬で、すぐに身体が熱を持った。
「が…ああ…」
身体の中に炎が入ったように、全身が熱い。
意識が溶ける。
自分の記憶が薄れていく。
知りもしない記憶を植え付けられていく。
『誰か』が少年の中に入ってきた。
「何事ですか! 赤鷲様!」
騒ぎに気付いた侍女達がその場に駆けつける。
その顔が赤鷲の視界に入った時、
聖堂は紅蓮の炎に包まれた。
燃え盛る炎は瞬く間に聖堂を焼き尽くし、アルブスの町を焼いていく。
消える気配のない異様な炎は、家も人を焼き焦がして、アルブスを赤に染める。
まるで太陽が落ちてきたような地獄だった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
聖堂から出たクルスは荒い息を吐きながら、逃げるように走っていた。
何が起きているのか、全てを理解できている訳ではない。
むしろ、分からないことの方が多い。
だが、一つだけ分かっていることは、
この地獄の引き金は、自分が引いてしまったこと。
「そこの君、大丈夫か!」
その時、男の声に呼び止められた。
煤だらけの騎士服を着た男だった。
「あ…わ、私…」
「怪我はしていないか? 家族の方は…」
後悔と混乱からまともに話せないクルスを余所に騎士は心配そうな表情をする。
家族、と言う言葉に思わずハッとなる。
家にいる筈の家族は無事なのか。
大切な妹は、怪我をしていないか。
そう考えると居ても立っても居られなかった。
騎士の方には悪いが、早く家へ向わないと…
そう思っていた時、騎士の男は剣を抜いた。
炎を反射して光る剣を高く掲げた。
「「え…?」」
騎士とクルスの両方の声が重なった。
腰の剣を抜いた彼は、それを勢いよく自分の心臓に突き刺した。
クルスと同じ不可解な顔をして、地面に倒れる。
状況が理解できないまま、彼は息絶えた。
「な、何が…一体何が起こって…」
『あーあ、死んじまった。悲鳴一つ上げさせずに殺すなんて勿体無い』
悪魔の声がした。
すぐにクルスは理解した。
倒れた彼を殺した者の正体を。
「な、何でこんなことを…!」
『ん? おいおい、誤解すんな。そいつを殺したのは俺様じゃねえ。お前さんだ』
「わ、私…?」
先程よりも大きくなっている蛇の言葉に、クルスは呆然となる。
その表情に蛇は楽しそうに笑う。
『俺様の名を最初に呼んだ者。メトゥスの起点となった者にはアニマが宿る。俺に触れたことで俺の一部を継承する』
「…?」
『シシシシ…簡単に言えば、俺が復活した影響でお前さんにも俺と同じ能力が宿ったのさ…心を具現化する能力が』
蛇は自殺した騎士に近付き、その亡骸を眺める。
興味深そうに目を細める。
『ふむ、お前の心の形は幸福か。在りもしない幸福。枕元で思い描く幸福。それを現実を捻じ曲げて具現化するアニマ』
「私の、幸福?」
『家族の下へ行くのにコイツが邪魔だったから殺したのか? 心を操って自殺させたのか?』
蛇の言葉にクルスはゾッとした。
確かに急いで家族の下へ行きたかった。
騎士を邪魔だと感じた心も少しはあった。
だが、それだけで人を殺そうなどと…
『仮にお前自身が認められずとも、この現実はお前の心から生まれた結果だ。認めちまえよ、お前は凄ェ力を手に入れたんだ』
人の心を歪める能力。
場合によって意図しない形で人を殺してしまう能力。
『どんな人間だってお前の心には逆らえない。お前はお前の望むがままに世界を歪められる。さあ、お前は何を望む?』
このまま会いに行けば、無意識の内に両親を殺してしまうかもしれない。
これは呪いだ、蛇を復活させてしまった呪い。
誰にも会うことは出来ない。
誰にも会わなければ、これ以上誰も苦しめることはない。
「私を、殺して…」
『長く生きる為に俺を呼び出したってのに。今度は自殺か…悪いが、俺はお前を殺さない。自殺も出来なくしておくぜ』
クルスの身体が妙な感覚に包まれた。
宿った心を操る能力が、逆にクルスの身体を操っているのかもしれない。
『恐怖を愉しめるようになったら、また来るぜ』
蛇はそう言うと、溶けるように消えていった。




