四十六人目
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『十年前』
聖堂。
巨大な金色の鐘が取り付けられた白一色の建物。
騎士を表現したステンドグラスが壮観な雰囲気を出している。
月明かりで光り輝く白い壁は幻想的だった。
「………」
クルスは無言でその前に立つ。
普段は見張りとして騎士数名が立っている筈だが、何故か今日は見当たらなかった。
辺りに人影はなく、静寂に包まれている。
『さあ、行こうか。シシシシ』
足元を這う蛇が笑いながら言った。
その言葉に疑問を抱くことなく、クルスは聖堂の扉を開いた。
聖堂内は歴史を感じる絵画や甲冑に溢れていた。
大理石で出来た床を歩きながら、クルスはキョロキョロと視線を動かす。
聖堂には騎士の宿舎もあるのだ。
不法侵入している所を見つかったら、叱られるだけでは済まないかもしれない。
「ね、ねえ。早く終わらせて帰ろうよ。見つかる前に」
『んんー…そんなことより、お前は騎士団の創設者を知っているか?』
クルスの焦りを余所に蛇はのんびりと尋ねる。
そんな様子にクルスは少しムッとしながらも律儀に答えた。
「創設者って赤鷲でしょ?」
『正解。赤鷲と奴を慕う者達が集まって結成された組織だ…なら、結成目的は?』
「…人々を災厄から守る為」
クルスの解答に蛇は馬鹿にするように鼻を鳴らした。
嘲るような笑みを浮かべ、金色の目をクルスへ向ける。
『災厄ってのは随分曖昧な解答だなァ…結成には具体的な目的があった。いがみ合う人間共が団結せざるを得なかった明確な敵がいたのさ』
「敵…?」
『…こっちへ来い』
そう言うと、蛇はスルスルと大理石の床の中に入ってしまった。
突然のことに付いていけないクルスを余所に、大理石がカタカタと揺れる。
恐る恐る触れてみると、大理石は簡単に外れてしまった。
妙に軽い大理石の蓋があった場所には、正方形型に穴が空いている。
「隠し、通路?」
『この建物の構造は何も変わらない。建築された百年前からな』
「………」
当時を知っているかのような言葉にクルスは訝しげな顔をする。
正方形型の穴を見下ろす。
恐らく、騎士団さえ知らない隠し通路。
赤鷲が聖堂に隠した空間。
そこには一体何があるのか。
『おい、行かないのか?』
蛇は急かすように言う。
「………」
色々と気になることはあったが、クルスは大人しく蛇について行った。
薄暗くかび臭い通路を歩く。
冷たい石の壁に手を付きながら、古ぼけた階段を降りる。
明かり一つない地下通路をまともに歩けているのは、足元を這う蛇がぼんやりと光っているお蔭だ。
全体を照らす程に強い光ではないが、足元を確認するぐらいなら十分だった。
「あなたは、一体私をどこに連れていくつもりなの?」
『俺様は案内しているだけさ。お前が望む所へ』
蛇がそう言った所で、階段は終わった。
辿り着いたその場所は、聖堂の地下とは思えないくらい広い空間だった。
家具など何もない暗い空間の奥に、一つだけ木製の台がある。
その上に一冊の本が置いてあった。
「………」
蛇が何か言う前にクルスはそこへ近づく。
何かに取り憑かれたように無言で進み、それを手に取った。
黒い蛇が描かれた古ぼけた本。
その表紙に、一つの名前が刻まれていた。
『シシシシ…』
蛇の笑い声は気にならなかった。
無心でクルスはその名前を呼ぶ。
「『メトゥス』」
瞬間、大地が揺れた。
バチバチとクルスを中心に火花が散る。
激しい火花が暗い空間を照らした。
その時になってようやく、クルスは我に返った。
「な、何、今の…」
『シシシシ! 呼んだな。俺様の名を呼んだなァ!』
笑い声を上げる蛇の姿が膨張する。
纏っていた抜け殻を剥ぎ取って、影のような身体が巨大化する。
周囲で弾ける火花が、地下空間の壁を照らす。
照らし出された壁には騎士達と『巨大な怪物』が戦う姿が描かれていた。
黒く大きな怪物の絵は、目の前の存在によく似ていた。
「…ッ!」
今頃になってクルスは理解する。
赤鷲達がここに隠していた物を。
百年前に騎士団が戦った明確な敵を。
『メトゥスが始まったぞ!』




