四十五人目
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『十年前』
白っぽいもふもふとしたパジャマに身を包み、クルスはベッドに寝ていた。
胸が苦しいが、我慢できない程じゃない。
それよりも今は、二人と遊べないことが辛い。
「………」
ふと部屋の端へ目を向けると、机に置かれた『蛇の抜け殻』が目に留まった。
それを半泣きで持ってきたレプスの姿を思い出し、僅かに苦笑する。
触りたくないなら持って来なければ良かったのに。
フェレスとレプスが見つけてきた幸運のお守り。
レプスはともかく、フェレスがそんな物を信じるとは思わなかった。
恐らく、レプスの我儘に付き合ってくれたのだろう。
冷たいように見えて案外優しい所があるから。
(…フェレス)
彼に会いたい。
自分が長く生きられないことは受け入れていたけれど、それでも彼の傍にいたい。
医者も両親も外出を許してくれなかった。
しかし、クルスはそれでもフェレスの下へ行きたかった。
時間が限られているからこそ、出来るだけ長い間一緒にいたい。
それは、色々なことを我慢してきたクルスの初めての我儘だった。
欲望と呼ぶには小さすぎる、微かな思いだった。
『外に出たいのか?』
その時、身が凍るような低い声が聞こえた。
部屋には誰もいない筈なのに、近くから声がする。
『そっちじゃない。こっちだ』
声に導かれて目を向けた先には蛇の抜け殻があった。
黒く変色した抜け殻が、とぐろを巻いてクルスの方を向いていた。
瞳孔が細い金色の目がクルスを見つめる。
「黒い…蛇?」
抜け殻が膨らみ、やがて生物のような立体となった。
影絵のように黒い蛇は、赤い舌を垂らしている。
『今度の起点は、随分とお若いなァ。こんな尻の青そうな子供が俺様に触れるなんて』
「起点…? 触れる…? 何を言っているの?」
首を傾げるクルスに蛇は楽しそうに笑った。
抜け殻を纏ったぼんやりとした身体を揺らし、笑みを浮かべる。
『俺はアニマ。人間の心を具現化する能力。お前の空想を実現させる為に存在する』
まるでお伽噺の優しい魔女のように蛇は言った。
貧しい娘を救う天使のように蛇は告げた。
「どう言う、意味?」
『外を自由に歩きたい。それがお前の幸福だろ?』
クルスの思いを見透かしたように、蛇は言った。
それは確かにクルスの本心だった。
「で、でも、そんなこと…」
きっと両親が許してくれないだろう。
症状が落ち着くまでは外に出ることは出来ない。
『現実では叶えられない空想。願望。心。それを具現化するのが俺様だ』
そう言うと、蛇の金色の目が一瞬だけ光った。
訳が分からずにクルスが首を傾げると、蛇は舌を出して笑い出す。
『どうだ? もう苦しくないんじゃねえか?』
「え…」
胸を抑えてクルスはハッとなる。
先程までクルスを苦しめていた胸の痛みが消えていた。
苦しくないどころか、最近で一番調子が良いかもしれない。
「あ、ありがとう。蛇ちゃん!」
『気にすんな。だが、今のは少し症状を和らげただけだ。完全に病気を治すには準備がいる』
蛇は片目を閉じながら、呟くように言った。
その言葉にクルスは食い入るように蛇を問い詰める。
「この病気を治すことが出来るの!?」
『ああ、聖域に入れば治すことが出来る』
「聖域って…騎士団の聖堂のこと?」
『ああ、今はそんな名前だったなァ』
チロチロと舌を垂らしながら、蛇は思い出すように呟いた。
影絵のような細い体を動かし、窓の外へ伸びていく。
「聖堂に行けば、病気が治る? でも、聖堂に入ったら駄目ってお父さんが…」
『じゃあ、行くな。オトウサンの言うことは絶対だからなァ…シシシシシ』
蛇はあっさりと前言を撤回した。
空気が擦れるような奇妙な音を出して笑っている。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
『何だ? 俺様はどっちでもイイんだよ。人の心を形にすることだけが俺様の存在意義。お前が望まないなら何もしない』
「………」
それで納得できる程にクルスは達観していない。
目の前に差し出された希望を取り上げられ、諦められる程に大人じゃない。
クルスは縋り付くように蛇の目を見た。
『何その色っぽい目。こちとら爬虫類だってのに欲情しちゃいそうだぜェ』
「本当に、治るの?」
『それがお前の空想なら』
その言葉を聞き、クルスの決意は固まった。
すぐに立ち上がり、準備を始める。
聖堂に忍び込む為の準備を。
「そう言えば、あなたの名前を聞いてなかったよね」
取り敢えずパジャマを着替えようとした所で、クルスはふと蛇に声をかけた。
『…名前ねェ。何に見える?』
「え? 黒い、蛇かな?」
『なら、それでいい』
蛇はどうでも良さそうに、そう答えた。
名前を持っていないのだろうか。
そもそも、コレは一体何者なのだろうか。
今更ながら、クルスの頭に疑問が浮かんだ。
『それにしても、どうせ呼ばれるんだったら胸の薄いガキじゃなくて、豊満な美女が良かったなァ』
着替えている最中のクルスを眺めながら、蛇が勝手なことを言う。
「ちょくちょく挟んでくる卑猥な言葉は何なのよ。あなた、蛇のくせに」
『俺は自分に正直なだけさァ。蛇も女に興味を持つ時代ですよ』
どこまでが嘘か分からない調子で蛇は言った。




