四十二人目
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『十年前』
雪で白く染まった町、アルブス。
一部の者しか知らない秘密の公園に、一人の少年が立っていた。
この公園にある白い大きな木と同じくらい真っ白な服と肌をした少年。
十歳の子供とは思えない冷静な目つきと乏しい表情が不思議な雰囲気を出している。
少年は『虚無』だった。
生まれながらに何にも感じることが出来ない、他者と共感できない性質の持ち主だった。
冷たい、と評することさえ違和感を覚えるような白紙の少年。
彼は貴族の生まれだったが、その両親にも感情を向けることが出来なかった。
「………」
彼が公園を訪れたことに特に理由はなかった。
人の心を理解できない彼は、人の笑顔を嫌う。
誰もいない静寂な公園は、彼の心を落ち着けるのに丁度良かった。
「……ッ」
しかし、そんな静寂もすぐに破られてしまった。
秘密の公園に、子供が入って来たのだ。
髪を二つに束ねた彼と同い年くらいの少女と、髪を結んでいない彼より年下の少女。
お揃いのもふもふした青い服を着ている為、恐らく姉妹だろう。
顔立ちも似ている気がする。
楽しげに話す声が彼の下にも聞こえてくる。
(羨ましい…)
そう感じたことに自分でも驚いた。
彼にとって誰かを羨むことなど、初めての経験だったからだ。
心から笑い合う二人の姿を見て、自分もあのように慣れたらと思った。
「…?」
しばらく二人を眺めていると、二つ結びの少女の方に異変が起きた。
胸を抑え、苦しそうに地面に膝をついている。
呼吸も乱れているように見える。
「姉さん! どうしたの、姉さん!」
姉の異変に気付いた妹が叫ぶ。
それに応えることも出来ない姉の姿に、妹の目には涙が浮かんでいた。
どこかに大人はいないものか、と彼は見回すがここが秘密の公園だったことを思い出す。
助けになりそうな大人はいない。
仕方なく、彼は二人の下へ近づいて行った。
「ッ!…あ、あなた、誰?」
「誰でもいいだろう。それより、コイツが先だ」
彼は苦しそうな少女の背中に触れ、落ち着かせるように撫でる。
「ゆっくりと息を吐け、気を落ち着けろ」
貴族の家で教育されたことを思い出しながら、彼は少女に応急処置を施す。
幸い、呼吸が乱れているだけで大きな異常は見えなかった。
段々と落ち着いてきた少女を見て、彼は安堵の息を吐く。
「あなたって貴族様…です、か?」
まだ若干顔色が悪いまま、少女は彼に尋ねた。
「フェレスだ。そう呼んでくれ」
「クルス」
いつもの公園でフェレスは少女の名を呼ぶ。
一件以来、公園で出会った姉妹『クルス』と『レプス』はフェレスの友人となった。
病弱なのに明るい姉と、健康だが臆病な妹の姉妹。
「おお、今日は早いねぇ。そんなにクルスさんと遊びたかったのかしらん」
「姉さん、まずは謝らないと。兄さんを今まで待たせちゃったんだから」
人の心に疎いフェレスでは中々普通に振る舞うことは難しかったが、人懐っこいクルスのお蔭ですぐに打ち解けることが出来た。
内気なレプスも姉を助けてもらったことでフェレスに心を開き、今では兄のように慕っていた。
「ええー、遅刻したのはレプスのせいじゃない。寝癖が全然直らないって言って…」
「ちょっと姉さん!? そんなこと兄さんの前で言わないでよ!」
「ねえねえ聞いてフェレス、この子ったら髪が長いから朝なんて物凄いことに…」
楽しげに笑うクルスにレプスは耳まで真っ赤になった。
怯えたような涙目でフェレスの方を見ている。
それを聞いてどう反応すれば良いのか、とフェレスは途方に暮れた。
(やはり、人の心は難しい。特に女は)
「ああ、今日も楽しかったー!」
日が暮れるまで遊んでから、クルスは満足そうに笑った。
本当に楽しそうに笑う少女だった。
それを見る度にフェレスは羨ましいと感じていた。
「レプスはどうしたんだ?」
「何か、忘れ物だって。すぐ戻ってくると思うよ」
公園の端の方に見えるレプスを見ながらクルスは答えた。
遠目に見える妹分を確認し、安心したようにフェレスは頷く。
そんな様子がおかしくて、クルスは笑った。
「フェレスったらレプスにべったりねぇ。少し姿が見えないだけで、心配しちゃって。私、嫉妬しちゃいそうだわ」
「そんなつもりはないんだが…あの子はおどおどしているから」
「私だって身体はあんまり丈夫じゃないんだけどなー…まあ、いいわ」
笑いながらクルスは少しだけ真面目な顔をする。
「それだけ溺愛しているなら、私がいなくなってもあの子は大丈夫かな」
「…クルス」
「あ、しんみりするの禁止ね。これでも自分の運命は受け入れているつもりだから」
フェレスはクルスの笑顔は好きだったが、未来のことを語る時の笑顔は嫌いだった。
クルスは生まれつき病弱で、二十歳までは生きられない。
そんな自分を運命をクルスは受け入れていたが、内気な妹を残すことだけが心残りだったらしい。
「あの子のこと、これからもよろしくね」
その不安はフェレスと言う友人を得たことでなくなった。
クルスが喜ぶことは、フェレスも嬉しいことだったが、これだけは嫌いだった。
どうしてか、クルスが死ぬことを認められなかった。
「…今、俺は医者の勉強をしている。いずれ俺は帝国一の名医となる」
「ふんふん、確かに頭良いフェレスならなれるかもねー」
「そして、お前の病気を治す。必ずだ。生きてレプスの傍に居続けろ」
フェレスの真剣な眼差しに驚きながら、クルスは笑みを浮かべた。
とてもとても嬉しそうに、
「それじゃ、期待しているよ。名医フェレスさん!」
「ああ、俺はお前の代わりを務めるなんて御免だからな」
「何それ、どー言う意味ー?」
「俺はお前ほど楽観的には振る舞えないと言うことだ。この馬鹿」
「ムキー! 折角褒めてあげたのに、何その言い草は!」
怒ったクルスを見て、フェレスは薄く笑みを浮かべた。




