四十一人目
小屋の一室、フェレスの部屋…
ベッドに座ったレプスとフェレスは向かい合っていた。
「どうして私の姉の名前を知っていたの?」
「………」
レプスはフェレスに問いかける。
しかし、フェレスは何一つ答えることがない。
今までのように誤魔化すことは出来ない。
既にゼノとのやり取りでレプスは知ってしまった。
フェレスと姉『クルス』に関係があったことを。
クルスを殺したと言うゼノに怒り狂っていた所を見た。
「答えてよ、私とアンタは会ったことがあるの? どうして私はそのことを覚えていないの?」
「………」
「アンタは、誰なの?」
フェレスは表情のない顔で無言を貫く。
そんなフェレスの態度に段々とレプスは苛立ってきた。
ゼノに言われたことが頭を過る。
『フェレスに記憶を消された』と言う話が、現実味を帯びる。
「ッ!」
遂に限界が来たようにレプスは立ち上がり、部屋から出て行った。
姉のこと、それを殺したゼノのこと、メトゥスと呼ばれる異変のこと、様々なことがあって追い詰められていたのだろう。
出て行ったレプスを追うことも出来ない自分に、自己嫌悪しながらフェレスは開いたままの扉を見つめていた。
「青春してるねぇ。あんまり騒がしすぎて目が覚めちまったじゃねえか」
開かれたままの扉から、にやけ顔のムースが入ってきた。
別の部屋で火傷の手当てをしていた筈だが、もう歩けるほどに回復したのだろうか。
「君の方こそ、ラーナの為に怒って赤鷲に立ち向かうなんて格好いいじゃないですか」
「ぐっ…いや、あいつの身の上話を聞いたばかりだったから思わずな…」
包帯だらけの腕で頭を掻きながら、ムースは言う。
人をからかうのは好きでも、からかわれるのは苦手なようだ。
口ではまだフェレスに勝てない。
「まあ、俺の話はともかく、いい加減に本当のことを話してやったらどうだ?」
「…誰も得しない真実を話すことは、正しいことなのですか?」
「少なくとも、それでアイツは納得すると思うが…」
レプスの出て行った扉を閉めながら、ムースは真面目な顔で言った。
諦めたようにフェレスはため息をつく。
今まで偽ってきた。
大切な人も、そうでない者も、自分自身さえも。
全てに嘘をついて騙してきた。
フェレスは先程よりも深いため息をついた。
「…友達がいたんです。とても仲の良い姉妹が」
フェレスは目を伏せながら、重々しく口を開く。
「僕には何もなかったから、彼女達のことは大切に思っていた。何よりも大事にしたかった。この手で守りたかった」
後悔と苦悩が混じる顔でフェレスは言う。
言葉の全てが過去形であることにムースは気付いていた。
その姉妹が誰であるか、既に分かっていた。
「あの災厄の中で僕は彼女達の下へ走った。一週間も続いた地獄の中で、僕は探し続けた。だけど、僕が見つけたのは…」
血を吐くようにフェレスは吐き捨てる。
「ゼノに殺されるクルスの姿だった」
間に合わなかった。
全て手遅れだった。
あの時のフェレスは、どうしようもないくらい無力だった。
血塗れで倒れるクルスの死に顔は、フェレスの心に今でも残っている。
「クルスを殺された憎悪、自分も殺されるかもしれない恐怖、色々な感情が爆発した時、僕はアニマ寄生者となっていた」
白い光を放つ右手を見つめながら、フェレスは自嘲気味に笑った。
「暴走したヴァニタスは世界から僕の存在を消してくれた。お蔭で僕は騎士団に狙われることなく、アルブスを脱出することが出来た」
「…世界から?」
「そうですよ。僕がそれまでアルブスで出会った人々、共に暮らしてきた両親から消えた。世界が僕を忘れてしまった」
誰もがフェレスを覚えていない。
誰もがフェレスを知らない。
それはどれほどの絶望で、どれほどの孤独か。
ガタ、と扉の向こうで音がした気がした。
それに気付かないふりをして、ムースは続きを促す。
「どうして教えてやらなかったんだ」
「…ヴァニタスに消された記憶は戻らない。なのに今更本当のことを言ってもあの子を混乱させるだけだと思ったんです」
罪悪感。
今までの思い出を消してしまったこと。
姉を助けることが出来なかったこと。
その罪悪感こそが、フェレスがレプスに執着する理由だった。
「贖罪、か」
「そうです。だけど、僕はあの子に感謝もしているんです」
そう言ったフェレスの表情は一変して穏やかな物だった。
泥臭い闇の中で見つけた光のような、希望を宿した目だった。
「あの日、騎士団に追われたあの子が扉を叩いた時、僕は運命を感じた。全て忘却して逃げ出した僕を彼女が頼ってくれた時…僕がどれだけ救われたか」
二度と会うこともないと思っていた。
忘れられた苦痛と、思い出を奪った罪悪感で逃げ出したフェレスの前に再び現れた。
十年を無為に生きてきたフェレスの心は、その瞬間に動き始めた。
今度こそレプスを守る。
自分がどうなろうとレプスを幸せにする。
それこそが、フェレスの希望だったのだ。
そこまで言ったところで、扉の向こうで誰かが走り去るような音がした。
「…聞かれていたみたいだな」
にやけ顔でムースは扉の方を指さした。
フェレスの表情は変わらない。
「気付いていたんだろ? お姫様が立ち聞きしてるって」
「…さあ、どうでしょうね」
「はっ、不器用な野郎だ」
つまらなそうな口調で、顔だけは嬉しそうにムースは笑った。




