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メトゥス  作者: 髪槍夜昼
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三十九人目


「これで、本当に?」


レプスは不安げな顔で『蛇の本』を広げていた。


ボロボロのページを捲りながら、近くに立つ男を見つめる。


紫色の騎士服を纏った男『ゼノ』は笑みを浮かべて、それを眺めていた。


「ああ、成功すれば全てが分かる。失われた物は戻る。彼に消された記憶も戻るさ」


「…まだアンタの言葉を信じた訳じゃないわ」


「そうだったな。彼の無実を証明する為に記憶を取り戻すのだった」


不味そうにキセルを吹かしながら、呆れたようにゼノは呟く。


赤鷲に四肢を爆散させられて死んだ男は、五体満足に生きていた。


「その本は恐らく、鍵だ。本のどこかに気になる所はないか?」


「そんなこと言われても…」


ページを捲りながら、レプスは渋い顔をする。


どのページも簡単な英雄譚が書かれているだけで不思議な所はない。


『蛇の本』をレプスが読むことで失われた記憶が戻る。


そう言ったゼノの言葉を既にレプスは胡散臭く感じ始めていた。


(…ん?)


一度本を閉じた所で、レプスは首を傾げた。


本の表紙。


黒い蛇が描かれた上の部分に、薄く文字が書かれている。


消えかけている為に今までに気付かなかったが、コレは…


周囲の音が消え、レプスの目は文字に釘付けになる。


恐らく、コレは蛇の本のタイトル。


「見つけたようだな、早くその『名』を呼べ!」


ゼノの急かす声すら遠くに聞こえる。


静かに、レプスはそれを口にする。


「『メトゥス』」


言葉と共に『世界』が変わった。


大地が震え、雲が消え失せる。


だが、それは目に見える変化だけだった。


目に見えない部分で何が起きている。


レプスはアニマを宿す心で、焦燥を感じていた。


心が、胸が激しく高鳴る。


その感情は未知に対する『恐怖』に似ていた。


「ぐっ…ああ…」


頭の中が掻き混ぜられたようにグチャグチャだ。


嘔吐感と共に今まで忘れていた十年前の記憶も段々と思い出してきた。


これがゼノの言っていた『全てを取り戻すこと』なのだろうか。


「はははは! あははははははは!」


狂ったような笑い声を聞き、レプスは隣に立つ男を向く。


ゼノは気でも触れたかのように狂喜していた。


「思い出した。私は思い出したぞ! あはははは!」


雲一つない青空を見上げ、ゼノは笑う。


天啓を得た殉教者のように天を見上げる。


「さあ、運命が動き出すぞ。私の人生は、これから始まるんだ!」


記憶も、心も取り戻した。


十年前に失った物は全て取り返した。


その事実にゼノは歓喜する。


「レプス、これは一体…!」


その時、動揺するレプスの下へフェレスが駆けつけた。


それを追って来たのか背後には赤鷲もいる。


二人は先程起こった異常事態の原因に薄々感付いているようだった。


二人の目が狂喜するゼノへ向けられる。


赤鷲はゼノの姿を確認すると目を見開いた。


「…お前、何故死んでいない?」


「何だ、赤鷲か。お前が殺したのはウルペースに用意させた偽者だったんだ。邪魔な連中の目を欺く必要があったからな」


どうでも良さそうにゼノは言った。


赤鷲の行動も、貴族達の行動も全て利用していた。


今の状況を用意する為に、全てが赤鷲の計略だった。


つまらなそうにそれを教えるゼノは、次にフェレスへ目を向けた。


「それで、お前が七人目か? 直接会うのは初めて…」


ゼノが声をかけた瞬間、フェレスの右手から先程より巨大な『タブラ=ラーサの爪』が飛び出した。


辺りを薙ぎ払うような一撃を躱しながら、ゼノは訝しげな顔をする。


「おいおい、初対面で随分だな。そんなにこの娘が大切か? それとも…」


ゼノは敢えて後ろへ下がり、レプスに聞こえる位置に来てから言葉を続けた。


「私がお前との因縁を『忘れている』だけか?」


「黙れ!」


赤鷲と戦っていた時以上の憎悪を見せ、フェレスは右腕を振るう。


挑発しながらゼノは取り戻した記憶を探る。


フェレスと繋がる記憶がないか、記憶の整理をする。


一度呆然とするレプスへ目を向け、やっと全てが繋がったように一つ手を打った。


「そうか…『クルス』か」


「え?」


ゼノの口にした名前に、レプスは首を傾げる。


その名前はレプスの良く知る名前だった。


「あの子が生きていればお前と同い年くらい。そうかそうか、お前はあの子の友人か」


「お前がその名前を気安く呼ぶな!」


「だとすれば、お前が私を憎むのも当然だろう…」


何故なら、彼女は…


彼女は、レプスの姉なのだから。


「十年前にあの子を殺したのは、この私なのだから」


がきり、と何かが壊れる音がした。


白き爪が更に巨大化し、フェレスの左腕からも同じ物が吹き出す。


周囲を無差別に削り取る白き暴風。


それを見て、ゼノは後方へ下がった。


「凄まじい化物だな。か弱い人間としては、とても手に負えん」


わざとらしく呟くと、ゼノは指を鳴らした。


合図に反応して、ゼノを守るように『生物』が立ち塞がる。


「化物の相手は化物に任せよう」


「………」


その生物は人の姿をしていなかった。


血のような赤色をしたゼリー状の物体。


それが辛うじて蛇の形を模しているだけの生物。


ぶよぶよとした体内に浮かぶ金色の球体が、フェレス達を見つめていた。


「行け、ウィーペラ」


ウィーペラ、呼ばれた赤い蛇はフェレスへ襲い掛かる。


その流動的な身体を使い、フェレスの白い爪を翻弄する。


異様過ぎる戦いにレプスは思わず、棒立ちになってしまう。


「何、あれ…」


「『お仲間』を物扱いとは酷い奴だな。コイツはアニマ寄生者だぞ」


レプスは驚愕して赤色のゼリーを見つめる。


この生物と水の中間のような存在がアニマ寄生者。


いや、そもそも普通の人間にすら見えない。


「あれだけ大きな災厄が起こって『力』を得たのが七人だけだったことに疑問を感じなかったのか?」


「それじゃあ…」


「七人以外の寄生者だ。アニマに馴染むことが出来ずに心を失っているがな」


嘲るように笑いながらゼノは言う。


「ウルペースも言っていたが、コレは『呪い』だ。強い心があれば辛うじて形を保てるが、そうでない者はあのように肉体がアニマと同化する」


「………」


「アレは形と言う制約がない分、殺すのが難しいぞ。せいぜい気を付けることだ」


最後までフェレス達を馬鹿にしたように笑いながら、ゼノはその場から去って行った。

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