三十六人目
爆風で巻き上げられた塵が舞い落ちる。
肉が焦げるような嫌な臭いが辺りに漂う。
「……はあ、はあ…!」
炎に包まれているような熱に襲われながら、フェレスは荒く息を吐いた。
気を抜くとそのまま意識を失いそうな激痛。
爆音で耳の調子も悪い。
だが、フェレスはまだ生きている。
まだ死んでいない。
「…しぶといな」
思ったことをそのまま口に出したように、赤鷲は呟く。
目の前の光景も、自身がフェレスを爆撃したと言う事実も他人事のような雰囲気だ。
事実、その通りなのかもしれない。
あまりに強すぎる能力。
あまりに強すぎる心。
それ故に、赤鷲自身には『戦っている』と言う自覚すら欠けているのかもしれない。
まるで獣が邪魔な小石を退けるような感覚で、
立ち塞がる者を殺傷しているのだ。
まさに、化物。
化物染みた力ではなく、その心が人を超越している。
「…だが…化物なら、こちらも負けてませんよ」
そう言うと、フェレスはゆっくりと立ち上がった。
今まで痛みで震えていたのが嘘のように立ち上がり、赤鷲を見据える。
「…その傷では立ち上がるのさえ、激痛が走る筈だが?」
「『忘れた』」
フェレスは薄ら笑みを浮かべる。
痛みを堪えて笑っている訳ではない。
本当に痛みを感じていない。
ヴァニタスで自身の痛覚を遮断したのだ。
今のフェレスはもう痛みを感じない。
「…痛みなど、要らない」
当然、それは傷が治った訳ではない。
アニマ『ヴァニタス』は心を壊す能力だ。
傷を癒す能力ではない。
むしろ、痛みを感じない危険な状態になっただけだ。
「化物はお互いだったか」
「…あの子を守る為なら、僕は何にだってなってみせる!」
フェレスは叫びながら、赤鷲へ接近する。
他者の心を破壊する能力を武器に、赤鷲へ殺意を向ける。
迎撃するように赤鷲のアニマが発動し、フェレスの身体は炎に包まれた。
しかし、フェレスは止まらない。
痛みはなく熱も身体の異常も無視して、右手を大きく振り被った。
「来い」
ぞわり、と得体の知れない力がフェレスから噴き出す。
それは、白い靄だった。
あらゆる心を掻き消す白い靄。
心を感じさせない純白は、フェレスの右手に収束する。
「『タブラ=ラーサの爪』」
純白は右手を軸に一つの輪郭を作る。
全長一メートル程の巨大な輪郭。
その形は、生物の爪によく似ていた。
「…ッ」
振るわれた爪のような靄が、赤鷲の左手を掠める。
所詮は実体のない靄、痛みはなかった。
引っ掻かれたと言うよりは、靄に擦り抜けたと言うような感覚だった。
それだけで、赤鷲の左手は機能を失った。
「………」
だらん、と人形のように垂れた腕を見て赤鷲は表情を消す。
自身の腕を壊した男へ無感情な目を向ける。
言葉はなかった。
認識するだけで肉体を破壊する化物。
接触するだけで心を破壊する化物。
二人の化物が正面から激突した。
「………」
レプスは落ち着かない様子で小屋の外を見ていた。
自分は一体何をしているのだろう。
赤鷲の狙いはレプスだ。
今まで襲ってきた騎士団も、全てレプスを狙っていた。
本来、それにフェレスは関係ない。
にも関わらず、いつもフェレスはレプスを守る。
レプスは、ただ守られるばかりだ。
「…フェレス」
ウルペースの時はフェレス一人で十分だった。
だが、今回はウルペースの時とは違う。
あの赤鷲は、アニマ寄生者の中でも別格の強さを持っている。
いつも余裕そうなフェレスでさえ、取り乱してレプスを逃がす程だった。
「……ッ」
レプスは唇を噛み締め、立ち上がる。
やはり、任せきりには出来ない。
フェレスだけを戦わせ、自分は逃げている訳にはいかない。
レプスにも出来ることがある筈。
臆病な自分を奮い立たせる為に拳を握ろうとすると、自分が何かを握っていることに気付いた。
表紙に薄っすらと蛇の絵が描かれた色褪せた本。
人々に恐れられた大蛇を騎士が倒す童話。
『蛇の本』だった。
「あれ、コレって確か…」
以前は重要な物と勘違いして持ち歩いていたが、それが解けてから部屋に置きっぱなしだった筈だ。
それがどうして、レプスの手の中に…
何かが、動き始めていた。




