三十五人目
「赤鷲ッ!」
最初に動いたのは、騎士達だった。
己の得物を素早く握り、構える。
シーミアに変装していた怨敵へ襲い掛かる。
それは身動きすら許さない速度だった。
騎士として、人間として考えられる最高の速度だった。
「………」
しかし、彼らの目前にいるのは人間ではない。
握り締める剣が、同時に宙を舞う。
彼らの腕が、肩から破裂した。
「ああ…あああああああ!」
騎士の絶叫すら気に留めず、連鎖して爆発が起きる。
胴体が弾け、四肢が千切れ舞う。
滑稽とすら感じる程に容易く、騎士達はバラバラの死体に変わった。
隕石でも落ちたかのように焼け焦げた大地を、赤鷲は冷めた目で見下ろしていた。
「…学習しない奴らだ」
「ッ!」
その凄惨な光景にフェレス達は息を飲む。
能力を持たない人間とはいえ、決して弱者ではない騎士達をあっさりと下した。
特に構えもせず、それが日常の延長線上のように殺戮が行われた。
コイツは、危険だ。
能力も精神も、他の寄生者達とは違う。
「…はぁ、やはり拙い変装では無理があったか」
面倒臭そうに赤鷲はため息をついた。
億劫そうに視線をアングイスに向ける。
「…一応、聞こうか。どうして俺の正体が分かった」
「俺はアニマ寄生者と人間を見分けることが出来るんだよ。頑張ったのに残念だったね」
笑みを浮かべながらアングイスは言う。
アニマ寄生者の識別。
それが、フェレス達にまだ話していない『三人目の能力』
恐らく、アングイスの能力も何かしらの『心を具現化する能力』なのだろうが、それをわざわざ敵の前で明かす必要はない。
笑いながらもアングイスの顔には冷や汗が浮かんでいる。
彼にも余裕などないのだ。
「赤鷲、君の狙いは何ですか? 騎士団長を暗殺し、騎士団と敵対しているなら何故レプスを狙う」
フェレスは油断なく相手を見ながら、口を開く。
レプスを狙い続けていたのは騎士団だ。
レプスに何らかの『力』が宿っていると言ったのも騎士団だ。
赤鷲は騎士団長を殺害し、騎士数名を惨殺した。
騎士団に所属していない赤鷲がレプスを狙う理由が分からない。
「…?」
フェレスの言葉に赤鷲は不思議そうに首を傾げた。
どこまでも緊張感のない様子で、フェレスの方を向く。
「…別に騎士団と敵対しているつもりはないが。ここにも連中の依頼で来ている」
そこまで話してから、赤鷲は一つ納得したように手を叩いた。
「ああ、騎士団長だとか騎士だとか『末端』とは敵対しているかもしれんな。俺が『同盟』を結んだのはその上の人間達だ」
精鋭の騎士も、騎士団長も末端と呼び捨て、赤鷲は平然と言う。
「その上って、まさかアルブス貴族のこと? あなた達、レプスを使って一体何を…」
「知らん。ティグリスが何をしようと興味もない。奴らには奴らの、俺には俺の目的がある。これは単なる交換条件なのさ」
ウルペースの言葉にも、赤鷲は億劫そうな雰囲気を崩さない。
口ぶりから察するに、赤鷲自身はレプスのことも計画のこともどうでも良さそうだ。
アルブス貴族に協力することで得られる何かしらの見返りを求めているのだろう。
「話は終わりか? 俺は早く終わらせて帰りたいんだが…」
「待て、赤鷲。お前には多くの噂が付いて回っているが、それは事実なのか?」
面倒臭そうな赤鷲を睨みながらムースは口を開く。
「十年前の災厄。あの大火災を引き起こしたのは、本当にお前か?」
言いながらムースの脳裏に凄惨な光景が過ぎる。
それは実際にムースが体験したことではなく、夢で見た記憶。
自身の後ろで小さく震えるラーナの悪夢だ。
微かに憎しみすら込めた視線に赤鷲は小さくため息をつく。
「如何にも」
赤鷲は簡潔に答えた。
まるでその問答に飽き飽きしたように、
赤鷲を睨み付けるムースから殺気が漏れる。
「そう逸るな。『自爆』するぞ」
傲岸不遜に赤鷲は警告する。
ムースの怒気が増した。
「やれるものなら…」
「待っ…!」
止めようとレプスが声を上げた途端、何の前触れもなくムースの身体が爆発した。
虚空から出現した爆炎に身を焦がされて、地を横たわる。
近くに立っていたレプスもまた、爆風の煽りを受けて地面を転がった。
「ぐ、あああああ!」
「ッ!」
絶叫するムースへアングイスとラーナが駆け寄る。
腕や足に火傷を負っているが、致命傷には至っていないようだ。
しかし、このまま放置していれば危険だ。
「…俺の邪魔をするな。レプスがついて来れば、他の者に興味はない」
「………」
フェレスは冷やかな目で赤鷲を見つめていた。
重傷を負ったムースを一瞥する。
「アングイス、ラーナと共にムースの手当てをしなさい」
「…分かったよ」
ムースの傷を確かめながらアングイスはフェレスの言葉に頷く。
それを確認すると、今度は地面に転がるレプスへ目を向ける。
「レプス、ウルペースを連れて下がりなさい」
「え、でも…」
「…早くしろ」
いつになく真剣な声に、動揺するレプスも思わず頷いた。
アングイスは傷に気を付けながらムースを抱え、立ち去る。
ウルペースは躊躇するレプスの手を強引に引いて、その後を追った。
予想外なことに、赤鷲はそれを追う素振りすら見せなかった。
(…何故追撃しない?)
その場から一歩も動かない赤鷲を不審に思いながらも、フェレスは警戒を解かない。
「…面倒だな。生け捕りにしなければならない所が特に」
罠から逃げる兎を見送るように赤鷲はため息をつく。
「…多少欠けても、許容範囲だろう」
そう言うと、赤鷲は視線を走り去るレプスへ向けた。
「…させると思うか」
確かな殺気を含みながらフェレスは赤鷲へ手を翳す。
赤鷲はフェレスの能力を知らないのか、無反応だった。
「………」
見た所、赤鷲の能力は『爆弾』
本人にすら気付かれずに殺傷する、爆弾のアニマ。
騎士やムースが攻撃された時、フェレスには見えなかった。
だが、一対一の場合なら気付ける筈。
正面から具現化される爆弾を認識さえ出来れば『ヴァニタス』で無力化できる。
「色々と考えている所悪いが、俺はあまり頭が良くないのでな…」
トントン、と赤鷲が自嘲するように自分のこめかみを指で叩いた。
「俺の能力のことなど、考えるだけ無駄だぞ」
瞬間、フェレスの視界を炎が包み込む。
見えなかった。
爆弾どころか、いつアニマが発動したのかさえ分からなかった。
何一つ前兆もなく、爆熱がフェレスを焦がす。
「人間と化物の間には絶対的な差がある。俺は英雄『赤鷲』と言う名の、化物だ」
自身の肉が焼ける臭いを嗅ぎながら、フェレスは静かに膝をついた。




