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メトゥス  作者: 髪槍夜昼
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33/73

三十三人目


「………」


太陽が真上に昇った頃、フェレスは一人静かに医学書を読んでいた。


近くに置いていたカップを掴み、ホットミルクの甘い香りを楽しむ。


陽気な姿を人に見せることが多いフェレスであるが、その本質は冷静で知的だ。


たまには自分を偽らず、こうして趣味に没頭するのも悪くない。


『だから俺は男だって言ってんだろ! リボンのプレゼントなんて要らねえ!?』


そんなコーヒーブレイクならぬ、ホットミルクブレイクを邪魔したのはムースの叫び声だった。


壁の向こう側から聞こえる声に、少しだけ眉を動かす。


『待て泣くな、ラーナ!? プレゼントを投げ捨てたのは俺が悪かった!』


口論の相手はラーナのようだ。


ラーナは喋れない為、口論と言っていいのか微妙だが…


それにしても最近あの二人は一緒にいることが多い。


フェレスの知らない所で何かあったのだろう。


「あの二人、急に仲良くなったわね」


カップを傾けていたフェレスの隣に座りながらレプスが言った。


フェレスは読んでいた医学書を置き、レプスの方を向く。


「何読んでたの?」


「医学書ですよ。僕の本業を忘れてないですよね?」


「あー、そう言えばアンタって医者だっけ」


思えば初めて会った時も、レプスが村一番の医者を訪ねてきたのだった。


騎士団から逃れてきたレプスが出会った者が、騎士団の目を逃れ続けたフェレス。


運命とは不思議な物だ。


「…そう言えば、私ってアンタのこと殆ど知らないのよね」


「………」


「普段は饒舌なくせに、自分のことになると無口になるんだから」


フェレスが飲んでいたホットミルクを奪い取り、レプスは不機嫌そうに言う。


秘密主義もここまで来ると感心する。


「…話した所で誰も得しない話ですから」


「分かったわよ…もう聞かない」


ホットミルクを飲み、過剰な甘さに顔を顰めながらレプスは言った。


難しい医学書のページを少し捲りながら話を続ける。


「私ね。昔、憧れていた人がいたの」


確かそう歳も離れていない少年だった。


姉にしか心を開いていなかったレプスに優しく接してくれた友人だった。


「もう顔も思い出せないけど、その人が言ってくれた言葉は覚えてる」


レプスはフェレスの目を見つめる。


いつも冷静な目には微かに驚いた様子が見えた。


「『幸福な思い出は消えない。記憶が薄れることはあっても、幸せだった事実は心に刻まれている』」


目を閉じ、思い出すようにレプスは言う。


例え、顔も思い出せない程に記憶が摩耗しようと、


例え、思い出の場所が消えようと、


あの時、確かにレプスは幸せだった。


その事実だけはレプスの心に残っている。


「姉さんが死んだのは確かに悲しかった。だけど、それで姉さんがいた事実まで失われる訳じゃない」


「………」


「だから私は、絶望せずに生きていける。今、ここにいる」


レプスは自分の本心から、フェレスに告げた。


フェレスの話を聞くつもりが、いつの間にか自分の話になっていたことに苦笑する。


楽観的に見えて、どこか悲観的なフェレスに前向きになって欲しかったのかもしれない。


「…は、ははは」


レプスは思わず目を疑った。


ずっと無言で話を聞いていたフェレスが、突然笑い出した。


しかも、いつもの薄ら笑みではなく、まるで子供のように純粋に笑っていた。


「な、何ですか、その臭いセリフは。全然キャラじゃないですよ? あはははは!」


「ふぇ、フェレス…?」


「はははは! やば、ツボに入った…あははははは!」


笑いすぎて涙目になりながら、フェレスは苦しそうに息を切らしている。


初めて見るフェレスの笑顔に、レプスは呆然とする。


こうして笑っている姿を見ると、それなりに端正な顔立ちをしていることが分かる。


普段の人を小馬鹿にするような薄ら笑みや危ない言動のせいで分かり辛くなっているのだ。


(と言うか、普通に格好良い…って待て私!? 中身はムッツリ腹黒のフェレスなのよ!)


レプスが心の中で葛藤していると、漸くフェレスは落ち着いたようだった。


小さく息を吐き、レプスの方を向く。


「いやー、お蔭で元気が出ましたよ。それにしても、子供の頃の初恋を忘れられないなんて可愛い所あるじゃないですか」


そう言って浮かべた表情はいつも通りの薄ら笑みだった。


「は、初恋!? 違うわよ、単に憧れていただけで…!」


そう言って慌てるレプスをニヤニヤしながら見つめる姿は、調子を取り戻したフェレスだった。








「………」


カエルレウス付近の森の中。


歩き続ける数名の騎士の姿があった。


先頭を歩くのは、全身に包帯を巻いたミイラのような男。


隙間から覗くぎらついた目には憎しみが宿っている。


「し、シーミア様。本当に奴らに…」


その視線に怯えながら騎士の一人は言う。


名前を呼ばれた、以前のシーミアとは異なる姿をした男はぎょろりと目を向けた。


「あの化物に立ち向かうには、同じ化物の力を借りるしかないだろう…不満があるのか?」


包帯で篭った声でシーミアは言う。


確かな憎悪を込めて言葉を吐く。


「行くぞ!」


そう叫ぶと、それ以上は何も語らずに騎士達は小屋へ向かっていった。

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