三十一人目
燃え盛る建物。
黒く焦げていく人々。
その降雪量の多さから白の町の呼ばれたアルブスは、紅蓮の炎に染まっていた。
「………」
齢五歳にも満たない少女は、その地獄で全てを失った。
家も、家族も、友人も、
自身の声すらも…失ってしまった。
「………」
コレは、夢だ。
地獄の中で蹲りながら、ラーナは思った。
コレは何度も見た悪夢であり、十年前に実際に味わった現実でもある。
全てを失い、永遠の孤独となった地獄。
どれだけの月日が経とうとも、失われた物は失われたままだ。
大好きだった家族は帰らず、
声が戻ることもない。
この夢と同じ。
現実の悪夢が晴れることもない。
「…そう言うことだったのか」
その時、ラーナだけの地獄で声がした。
燃え盛る炎を気にも留めず、こちらへ歩いて来る。
「ルーベルの異変が原因じゃなかったのか。それよりずっと前、十年前からお前は苦しんできたのか」
灰色の継ぎ接ぎ服を着た小柄な少年。
幼い顔立ちに苦い表情を浮かべ、ムースはラーナの前に立った。
「……?」
「お前も、この地獄の被害者だったんだな」
沈痛な面持ちでそう呟くと、ムースは手を振るった。
瞬間、灰色の雲が出現し、穏やかな雨が地獄で降り注ぐ。
建物を焦がす炎も、人々の悲鳴も消すような優しい雨が降り、地獄の風景が変貌していく。
「………」
「悪いな、お前の夢に土足で入って。どうにもお前の態度が気になってな」
ラーナの悪夢を改変しながら、ムースは静かに呟く。
人々を寄せ付けない態度が、怯えるような目が、どうしても気になった。
こうして夢の中に侵入して、その理由が分かった。
ラーナもムースと同じだったのだ。
境遇こそ違えど、十年前に全てを失って孤独を味わったと言う経験は同じだったのだ。
そう自覚してしまうと、見捨てることが出来ない。
「…既に起こった事実は神にだって変えられない。だが」
風景の変化が加速する。
既に炎や焼死体はどこにもなかった。
雪に覆われた町並み、穏やかな天気、町を歩く人々。
「現実の悪夢は変えられずとも、この悪夢くらいは消せる」
「…ッ!」
戸惑うラーナの前に、死んだ筈の両親が現れる。
大好きだった二人に抱きしめられながら、ラーナは静かに嗚咽を漏らした。
「うっ…ううっ…お父さん、お母さん…」
声が戻ったことにも気づかないまま、ラーナは涙を流して再会を喜んだ。
それを穏やかな目で眺めながら、ムースは口を開く。
「せめて、これくらいは夢見ても罰は当たらないだろう。二人を生き返らせてやることが出来ないのは申し訳ないが…」
「…ううん。これで十分だよ」
涙を拭いながら、ラーナはムースを見つめた。
きっと夢が覚めれば、この声も消えてしまうから。
その前に自分の思いを言葉で伝える。
「ありがとう。ムースちゃん」
「…ちゃん付けはやめろ。俺は男だ」
「え?」
そこには地獄が広がっていた。
夢の中ではない、現実の地獄だ。
崩壊したルーベルの町に漂う肉の焼ける異臭。
焼け焦げた地面に転がる木炭のような物は、討伐に来た騎士だった物。
それを悠然と見下ろすのは、赤い羽根マントの男。
「………」
「く、くたばれ! 赤鷲!」
震える手で剣を握り締めながら、騎士の一人が赤鷲へ肉薄する。
仲間を失った怒りで恐怖を抑えて、決死の覚悟で突撃する。
しかし、それは化物に届かない。
「ぐ、あッ!」
何の前触れもない一撃。
唐突に騎士の身体が内部から爆発し、燃え上がる。
勢いよく頭蓋骨まで炭化させた騎士は、地に転がる遺体に仲間入りした。
「死ぬと分かっていて、どうして向かってくるのか…面倒臭い」
億劫そうに赤鷲は口を開いた。
炭化した死体さえも日常の一部のように平然と、
むしろ、見慣れ過ぎてつまらなそうに見下す。
「ば、化物め!」
「見て分かることを、声に出して叫ぶ必要があるのか?」
どこまでも情熱の欠けた、気怠そうな声で赤鷲は言った。
騎士団に囲まれながらも、本人に戦闘を行っていると言う自覚は恐らくない。
「ひぃ! 化物が、近づくんじゃねえ!」
半ば発狂しながら叫んだ途端、その騎士も粉々に爆散した。
人体が胴体から分離する光景を間近で見ても、赤鷲の表情は崩れない。
「馬鹿な…こんな、ことが…」
その凄惨な光景を見ながら、シーミアは絶望したように呟いた。
騎士団の中でもエリートである『白騎士』が手も足も出ず、殺されていく。
触れることすら出来ずに焼殺される。
アニマと呼ばれる能力のことはシーミアも当然知っていた。
だが、これほどとは…
これほどの化物がいるとは聞いていない。
「赤、鷲め…英雄の名を騙る偽者め…!」
「…それは違う」
黒ずんだ遺体を踏み砕き、赤鷲は言う。
「俺は百年前に死んだ赤鷲そのものだ」
その言葉が届くよりも早く、シーミアは爆炎に包まれた。




